三重・御在所岳の麓に位置する名湯、湯の山温泉にオープンした「湯の山 素粋居(そすいきょ)」。今、12のヴィラを持つこの宿が、ひそかに話題を集めている。旅好きの心を掴んで離さない仕掛けが明らかに。
温泉、食、アート......五感で味わう唯一無二の宿
部屋の一角には巨大な石が――。
ここは7月にオープンした湯の山温泉の宿の一室。「石砬(せきろう)」と名づけられたヴィラのリビングには、地元で産出された菰野石(こものいし)の巨石が鎮座し、抜群の存在感を放っている。表情豊かな石に触れると、肌で感じるその力強さに圧倒される。
「素粋居」はアートな宿だ。13,928㎡の敷地には独立した12のヴィラとレストラン、レセプション棟が点在。すべての客室棟は、土、石、漆喰、木、漆、和紙、硝子、鉄といった8つの素材をテーマに、現代美術、工芸、骨董で設(しつら)えられ、ひとつとして同じ間取り、同じ趣はない。敷地全体がひとつの美術館のように作られており、建物すべてがそこの作品として存在しているのだ。
プロデュースしたのは、世界で高い評価を得ている内田鋼一氏。地元、四日市や滋賀県に工房を構える陶芸家で造形作家だ。今回のプロジェクトにあたって内田氏の元には、茶人・千 宗屋氏、輪島塗りの塗師・赤木明登氏、ガラスアーティスト・イイノナホ氏、選書家・幅 允孝氏らクリエイターや多くの職人が参画。8つの素材の力を引き出すべく、建築はもちろん、インテリア、壁の版画、ドアノブ、書架の本ひとつひとつひとつに、個を際立たせる仕掛けが散りばめられている。
また、パティシエ・辻口博啓氏によるウエルカムスイーツは、各ヴィラに合わせて異なるものを用意。アメニティや部屋着、ライティングデスクのレターセットも、さりげなく自然素材由来のもので整えられている。
各ヴィラには全棟独立した源泉かけ流しの露天風呂を設置。こちらもヴィラごとに異なる仕様になっており、自然とアートを堪能しながらゆっくりと寛げる。
火の力、火の香り、火を味わう
「素粋居」が唯一無二の宿である理由は食にもある。レストランは3つ。それぞれ独立した棟になっており、いずれも内田氏が料理の個性が際立つ空間に作り上げた。
ディナー時に「HONOMORI」を訪れる。洞窟のような暗いエントランスを抜けると、現れるのは天井の高いダイニングだ。檜の巨大なテーブルを配置し、その上には伊勢エビやハマグリなど伊勢志摩の魚介や、熟成により旨味を蓄えた経産牛などのスペシャルな食材が並ぶ。コの字型のカウンターがそのテーブルを囲み、まるで劇場で舞台を観るように料理を楽しめる。
ここで供されるのは、パリのミシュラン一つ星「PAGES」手島竜司シェフ監修のコース料理、前菜からデザートまで約10品だ。巨大なテーブル横の窯では、料理人が薪、炭、藁を使って、焼いたり焙ったり、燻したり、火を自在に操って調理。2時間かけてじっくり焼き上げた熟成牛のステーキも、完全に火が通っていながらレアで、噛むたびに旨味が溢れ出てくる。窯から聴こえてくるパチパチという音、肉に纏った燻香と相まって、肉と火の味、そして力強さを存分に堪能できる。
翌日の朝食もここでいただく。メニューは前夜とは打って変わり、端正な日本料理。すべて地元の食材を使ったものだ。搾りたての人参ジュースをスターターに、炊きたてのご飯に滋味深い味噌汁、香の物などを載せた一の膳、続いて焼き魚、4種の惣菜を載せた二の膳が供される。窯で炭火で焼いた魚は、ふっくらと絶妙な火加減。朝から幸せな気分に浸れること間違いなしだ。
「HINOMORI」のほかのレストランは、「うなぎ 四代目 菊川」と「そば切り 石垣」だ。
「うなぎ 四代目 菊川」は、うなぎ専門に90年の老舗問屋を母体とするだけに素材の目利きと技が自慢。生産者から届くうなぎを地下から汲み上げた鈴鹿山系の井戸水に放ち、当日に捌いて備長炭の炭火で地焼きにする。名物、一本うなぎのうな重は特注の信楽焼の器でテーブルへ。パリッとした皮、フワッとした身の食感が絶品。
「そば切り 石垣」の店主は、名店「なにわ翁」で研鑽を積んだ石垣雄介氏。毎日早朝から玄ソバ石臼で自家製粉し蕎麦を打つ。蕎麦の味の決め手となるのがこの地の水。鈴鹿の山に磨かれた地下水が、しなやかなコシとなめらかな喉越し、華やかな香りをもたらす。昼過ぎに到着し、ここでまずは軽く一杯、蕎麦をたぐってからチェックインして温泉を楽しむのも粋だ。
もし、今度の休み、この宿に宿泊しようと思うなら、ホームページを吟味して、どのヴィラに泊まって、どこでどの時間に食事をするか、じっくりとプランニングしてから訪れてほしい。もちろん1泊だけでは味わいつくせないはずだから、「次はあのヴィラに泊まって、あそこで食事をしよう」と2回目への期待も高まる。