2009年から’15年の約6年半、のべ500日以上をかけて、47都道府県、2000近くの場所を訪れた中田英寿。世界に誇る日本の伝統・文化・農業・ものづくりに触れ、さまざまなものを学んだ中田が、再び旅に出た。
美味しい豚肉を育む環境づくり
いわゆるブランド肉は全国どこにでもある。牛豚鶏と全国さまざまな畜産業者をめぐってきた。そのなかでひとつ気づいたことがある。美味しい肉が生産される“現場”は、とても清潔だということ。阿波市のアグリガーデンの豚舎を訪ねた時は、すぐにここの豚肉はきっと美味しいんだろうなと思った。まだ日差しが強く、気温が高かったにもかかわらず、豚舎からただよってくる匂いが少なかったからだ。
「うちは循環型飼育に取り組んでいて、豚の排泄物は堆肥にして農家の方に使ってもらっています。豚はストレスに弱いので、肉質を上げるために豚舎をゆとりのある空間にして密集を避けるようにしました。また一般的には180日くらいで出荷されますが、うちでは200日かけて育てていきます。そのぶん経費はかかりますが、肉が上質になるんです」(アグリガーデン・納田明豊社長)
ここで生産されるのが、「阿波の金時豚」。納田社長のアイデアで誕生したブランド豚だ。
「私はもともとサラリーマンをやっていたんですが、義父がやっていた養豚場をやめると聞いて、自分でやってみたいと思ったんです。とても美味しい豚を生産していたので、やめてしまうのはもったいないと。でもそのままだと経営が厳しい。そこで付加価値をつけたい、徳島らしい特長のある豚にしたいと思い、鳴門金時(なるときんとき)を食べさせた『金時豚』を思いついたんです。鳴門金時といえば徳島。しかも出荷できないような小さいイモは捨てられるだけなので、タダでもらえる。最初は味ではなく、あくまでもイメージ作り。でも実際に鳴門金時を飼料にしてみると、赤身が増えておいしい豚肉に育ってくれたんです」(納田社長)
アグリガーデンでは、出荷量は少ないものの自分たちで加工、販売まで手がけることで経営を安定させている。豚舎から移動して、市内の直売店へ。そこには美味しそうな精肉とともにメンチカツやとんかつなどのお惣菜も売っている。お店の裏のオフィスで早速それらをいただくことに。
「普通、美味しい豚肉というと脂身に甘みがある感じですが、金時豚は赤身が美味しいですね。脂っぽさがないので、飽きずに食べることができます」(中田英寿)
メンチカツ、とんかつ、生姜焼き、焼豚……次から次に振る舞われる金時豚のフルコース。でもどんどん食べても胸焼けするような感じはしない。
「畑違いのところからやってきて、最初は養豚のいろはもわかりませんでした。でもだからこそそれまでの常識にとらわれることなく、新しいことにチャレンジできた。これからもAIなどを積極的に取り入れた新しい養豚に取り組み、業界全体を盛り上げていきたいと思っています」
清潔なだけではない。ブランドに頼るだけでもない。納田社長の養豚にかける情熱が美味しい豚を育てているのだ。
「に・ほ・ん・も・の」とは
中田英寿が全国を旅して出会った、日本の本物とその作り手を紹介し、多くの人に知ってもらうきっかけをつくるメディア。食・宿・伝統など日本の誇れる文化を、日本語と英語で世界中に発信している。2018年には書籍化され、この本も英語・繁体語に翻訳。さらに簡体語・タイ語版も出版される予定だ。
https://nihonmono.jp/