2009年から’15年の約6年半、のべ500日以上をかけて、47都道府県、2000近くの場所を訪れた中田英寿。世界に誇る日本の伝統・文化・農業・ものづくりに触れ、さまざまなものを学んだ中田が、再び旅に出た。
自然豊かな“オクシズ”の若き茶農家の挑戦
静岡市を安倍川沿いにのぼっていくと、豊かな自然に囲まれた玉川地区にたどり着く。“オクシズ”と呼ばれるこの山あいの地の茶農家、志田島園(したじまえん)七代目の佐藤誠洋(さとうまさひろ)さんは、静岡大学農学部を卒業後、24歳で就農した。
「うちの特長は、山の形をそのまま生かした茶畑です。斜面ばかりで機械を入れることができないので作業は大変ですが、霜がおりにくいという利点もあります」
家の裏にある茶畑は息が切れるような斜面に作られている。同じ静岡県内にある牧之原台地の大規模茶畑とはまるで別物だ。子どものころは遊び場だったという敷地内には小さな川が流れ、その清流を生かしたわさび作りも行っているという。
「わさびは水がきれいなところでしか栽培できません。この斜面の畑ときれいな水がおいしいお茶を作ってくれるのです」
一般的な茶農家は、茶葉を刈り取り、その日のうちに蒸して揉んで乾燥させた“荒茶”にして、市場や茶問屋に持ち込む。それを仕上げて合組(ブレンド)して製品化するのは、茶問屋や小売店の仕事だ。だが、佐藤さんは製品化までを自分の手で行っている。
「もともとこのあたりのお茶はおいしいという評価をされていましたので、作れば売れるという時代もありました。でも今は茶の消費量は減り、そういう時代ではありません。土作りや肥料にこだわって育てた茶の値段は、自分で決めたい。そういう思いで製品化までやるようになったんです」
佐藤さんは自分の代になってから和紅茶の製造も始めた。在来の日本茶の茶葉を発酵させた佐藤さんの和紅茶を水出しでいただくと、ほんのりとした甘みが喉をやさしく潤してくれる。
「砂糖を入れなくても甘みを感じます。紅茶独特の渋みもなくて飲みやすいですね」(中田英寿)
佐藤さんが手掛ける「玉川紅茶」は、県内の茶業界でも注目を集めている。
「静岡茶だ、玉川茶だといっても今の人には通用しない。お茶作りの技術は、機械化ばかりで、本質的には変わっていない。まだまだやれることはたくさんあると思っています。おいしいものを作らないと売れない時代。でもだからこそやりがいがあります」
志田島園は、家族経営の小さな茶農家だ。だがその挑戦は、伸び悩んでいる日本の茶業界に新しい風を巻き起こしている。
「に・ほ・ん・も・の」とは
中田英寿が全国を旅して出会った、日本の本物とその作り手を紹介し、多くの人に知ってもらうきっかけをつくるメディア。食・宿・伝統など日本の誇れる文化を、日本語と英語で世界中に発信している。2018年には書籍化され、この本も英語・繁体語に翻訳。さらに簡体語・タイ語版も出版される予定だ。
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