2009年から’15年の約6年半、のべ500日以上をかけて、47都道府県、2000近くの場所を訪れた中田英寿。世界に誇る日本の伝統・文化・農業・ものづくりに触れ、さまざまなものを学んだ中田が、再び旅に出た。
ここでしか造れないまろやかな味
薩摩半島と大隅半島に分かれる鹿児島県の真ん中に位置する霧島市福山町は、古くから黒酢の郷として知られている。それほど大きくはない町に黒酢の醸造所が8軒。黒酢造りは江戸時代後期の1800年頃に始まったというが、福山町で上質な黒酢ができる理由は解明されていないという。
「違う場所で同じ原料、同じやり方で造ったこともあるらしいんですが、うまくいかなかったそうです。米、水、そして気候すべてが揃うことでしか福山の黒酢は造れないのです。空気中に黒酢向きの酢酸菌が浮遊しているという話もありますが、それもはっきりとは分かっていません」(福山黒酢 久保園新司工場長)
福山黒酢は、2003年の創業で8軒中では最も“若い” 醸造所。飲める黒酢として全国的に人気の高い「桷志田(かくいだ)ブランドで知られている。レストランが併設された醸造所を訪ねると、目の前にたくさんの壺が並んでいた。その数なんと2万個。伝統的な黒酢はこの野外の壺のなかでゆっくりと発酵し、味わいと香りを育んでいく。
「一般的な酢は、24〜48時間程度の醸造工程で出荷されますが、うちではまずこの壺の中で半年から1年醸造させ、さらに3年間熟成させます。壺の中に入れるのは、米こうじと蒸した玄米、地元の地下水だけ。これらを壺に入れた後、水面に浮かせるよう再度米こうじを振りかけます」(久保園工場長)
「ずっと野外に置いたままなんですか? 鹿児島だと雨も多いし、火山灰もふりますよね」(中田英寿)
「そのまま野外に置いたままです。だから1年もすると下のほうが灰に埋もれていきます。天敵はもぐらですね。壺の下を掘り返して、倒れてしまうことがあるんですよ」(久保園工場長)
こうやって手間暇かけて造られた黒酢を恐る恐る飲んでみると、驚くほどにまろやかで芳醇、そして後味も爽やかだ。
「うちではフルーツ酢も人気ですが、そのままの黒酢も水で薄めるとスポーツドリンクのように飲めます。必須アミノ酸を豊富に含んでいるのでアスリートの方にも愛飲していただいています。もちろん調味料としても肉、魚、野菜となんでも合うんです。素材の味を引き出してくれますよ」(久保園工場長)
たしかに併設のレストランで食べた黒酢を使った料理はいずれも絶品。まさかこれほど万能の調味料とは。思わず売店に走って、黒酢を何種類も購入していった。
「に・ほ・ん・も・の」とは
中田英寿が全国を旅して出会った、日本の本物とその作り手を紹介し、多くの人に知ってもらうきっかけをつくるメディア。食・宿・伝統など日本の誇れる文化を、日本語と英語で世界中に発信している。2018年には書籍化され、この本も英語・繁体語に翻訳。さらに簡体語・タイ語版も出版される予定だ。
https://nihonmono.jp/
中田英寿
1977年生まれ。日本、ヨーロッパでサッカー選手として活躍。W杯は3大会続出場。2006年に現役引退後は、国内外の旅を続ける。2016年、日本文化のPRを手がける「JAPAN CRAFT SAKE COMPANY」を設立。