2009年から’15年の約6年半、のべ500日以上をかけて、47都道府県、2000近くの場所を訪れた中田英寿。世界に誇る日本の伝統・文化・農業・ものづくりに触れ、さまざまなものを学んだ中田が、再び旅に出た。
100年祭を迎える日本一の神社
明治神宮は日の出とともに開門し、日の入りとともに閉門する。中田英寿が訪ねた12月の開門は6時40分。朝いちばんの明治神宮は、東京とは思えない静寂な雰囲気と澄み切った空気に満ちていた。「神社や寺に行くのは早朝がいい」と中田はよく言っている。不信心な人間だが、この言葉には納得だ。確かに早朝の神社仏閣に行くと、その日を気持ちよくスタートできる気がする。
「明治神宮が建立されたのは1920年。2020年でちょうど100年となります。約70万平方メートルにもおよぶ常緑広葉樹の森には約10万本の木々が植えられていますが、もともとは全国から献木されたものを植えた人工林です。当時は、これだけの森林をつくることに反対の声もあったようですが、いまでは都民から愛される豊かな森に育っています」
冬でも緑濃い敷地内を歩きながら権禰宜(ごんねぎ)の平尾旨鏡さんが解説する。ひんやりとした空気と植物のにおい。聞こえる音といえば、鳥のさえずりくらいだ。しばらく歩くと、大きな鳥居が見え、立派な本殿が姿をあらわす。早朝とはいえ、すでに参拝客の姿もちらほら見える。
「神宮の敷地を毎朝の通勤の道として使っている方もいらっしゃるようです」
確かにコートに身を包んだビジネスマンの姿も見える。北参道の代々木口から原宿口までは、ちょうどひと駅分。歩いて10分程度の気持ちいい散歩道なのだろう。
手水で手を清め、口をすすぎ、参拝へ向かう。手を合わせる中田が祈願したのは、旅の無事なのだろうか。ふと本殿の柱を見ると無数の小さな傷が目に飛び込んできた。城跡の石垣などに砲弾を受けた跡を見ることがあるが、なぜ神社の柱に傷が?
「これは初詣客が遠くからお賽銭を投げるためについた傷です」
さすが日本一、約300万人が初詣に訪れる明治神宮。こんな傷は他の神社では見たことがない。
「普段はあまり意識されることがないかもしれませんが、表参道は明治神宮の参道です。原宿の交差点と国道246号の交差点には、石灯籠が立っているんです」(平尾・権禰宜)
「そうか、表参道という言葉があまりに一般的なので地名のように思っていましたが、もともとは明治神宮の参道なんですね」(中田)
地方の神社などを訪れると、鳥居の前に小さな参道があり、地元の名物やお土産物を扱っている店が並んでいる。ラグジュアリーブランドのブティックが軒を連ね、世界中の観光客で賑わう表参道は、その参道商店街が進化した姿だったとは。
「東京を旅する」というと、驚く人もいる。だが普段生活している場所も発見に満ちている。中田はそれを知っているからこそ、旅のスケジュールに東京も加えているのだ。
「に・ほ・ん・も・の」とは
2009年に沖縄をスタートし、2016年に北海道でゴールするまで6年半、延べ500日以上、走行距離は20万km近くに及んだ日本文化再発見プロジェクト。"にほん”の”ほんもの"を多くの人に知ってもらうきっかけをつくり、新たな価値を見出すことにより、文化の継承・発展を促すことを目的とする。中田英寿が出会った日本の文化・伝統・農業・ものづくりはウェブサイトに記録。現在は英語化され、世界にも発信されている。2018年には書籍化。この本も英語、中国語、タイ語などに翻訳される予定だ。
https://nihonmono.jp/