2009年から’15年の約6年半、のべ500日以上をかけて、47都道府県、2000近くの場所を訪れた中田英寿。世界に誇る日本の伝統・文化・農業・ものづくりに触れ、さまざまなものを学んだ中田が、再び旅に出た。
国産の漆はなぜ上質なのか?
袋田の滝など、豊かな自然で知られる茨城県大子町。この町の名物のひとつが質の良さで知られる「大子漆」だ。茨城県は岩手県に次ぐ全国2位の漆の生産地だが、その多くが大子町産。約1万本の漆の木が植えられたこの町で長年漆文化を守っているのがこの道66年、黄綬褒章も受章した漆掻き職人の飛田祐造さんだ。
「漆の木は10年間育てたら1年だけ漆を掻きます。漆を掻いた木はそのまま伐採です。この方法は“殺し掻き”といって、質の高い漆をとるためには欠かせません。中国などでは3年くらいとるらしいのですが、私たちは1年だけ。その間に良質な漆をとるようにしています」
訪ねたのは2000本ほどが植えられた漆の林。このうち1年に掻くのは200本ほどだという。飛田さんの教えに従って中田英寿も漆を掻く。中田にとっては、岩手の浄法寺以来、2回目の漆掻きだ。先が曲がった独特のナイフのような道具で幹に細い傷をつけ、そこからゆっくりとにじんでくる樹液をすくって容器にいれる。
「なかなか漆が出てこないですね」(中田)
「1本の木から1年かけてとれるのは牛乳瓶1本くらい。だから1滴も無駄にはできません。夏場は垂れるくらい出ることもあるんですが、秋から冬にかけてはにじむ程度です。取れる時期によって質が変わりますし、用途も変わる。だから1年かけてじっくりとらなければならないんです」(飛田さん)
一掻きでとれる漆は耳かき1杯分くらいだろうか。これを牛乳瓶1本分集めると思うと気が遠くなる。
「無理に掻こうとすると、ゴミが混ざります。最初は小さな傷をつけて少しずつとって、少しずつ傷を大きくするのがコツです」(飛田さん)
飛田さんが掻いた木には、傷が平行に並んでいる。ふと横を見ると、役割を終え伐採された漆の幹が積み重ねられていた。10年かけて育てた木からほんの少しの樹液だけをとる。その光景を見ただけで漆がいかに貴重な素材かということが理解できた。
「後継者を育てたいという気持ちはあるんですが、漆掻き職人が育つには長い時間がかかります。10年、20年と腰をすえてやってくれる若者がいればいいんですが……」
現在日本で流通している漆は安価な中国産が多い。それでも上質な漆器には国産漆が欠かせない。国産の漆がなくなってしまうと、日本の伝統文化の多くが継続困難になってしまうだろう。
日本文化を守るためにも、飛田さんの後継者があらわれることを願わずにいられない。
「に・ほ・ん・も・の」とは
2009年に沖縄をスタートし、2016年に北海道でゴールするまで6年半、延べ500日以上、走行距離は20万km近くに及んだ日本文化再発見プロジェクト。"にほん"の"ほんもの"を多くの人に知ってもらうきっかけをつくり、新たな価値を見出すことにより、文化の継承・発展を促すことを目的とする。中田英寿が出会った日本の文化・伝統・農業・ものづくりはウェブサイトに記録。現在は英語化され、世界にも発信されている。2018年には書籍化。この本も英語、中国語、タイ語などに翻訳される予定だ。
https://nihonmono.jp/