2009年から’15年の約6年半、のべ500日以上をかけて、47都道府県、2000近くの場所を訪れた中田英寿。世界に誇る日本の伝統・文化・農業・ものづくりに触れ、さまざまなものを学んだ中田が、再び旅に出た。
世界が注目するかつお節の旨味
9月初旬、高知の旅が始まった。脂がのった戻り鰹の季節。ニンニクをたっぷりのせた高知流の鰹のタタキが、残暑の中を旅するスタミナを与えてくれる。鰹をいえば高知、高知といえば鰹ということで、土佐市にある竹内商店を目指した。ここは農林水産大臣賞も受賞した知る人ぞ知るかつお節製造会社。ここのかつお節を指名買いする料理人も多いという。敷地内にある駐車場でクルマを降りると、早速旨みを含んだかつお節の香りがただよい、食欲を刺激してきた。
「以前、鹿児島の枕崎でかつお節作りを体験したことがあるんですが、高知では初めてです。かつお節といえば、高知か枕崎という印象がありますが、生産量はどちらが多いんですか?」(中田英寿)
「実は圧倒的に鹿児島なんです。国内産のかつお節の74%が鹿児島産、25%が静岡産。高知産はわずか0.6%しかないのが現状です。高知は遠洋漁業の大きな船をつけられる港が整備されていないので、水揚げもわずか。県内で食べられている鰹のタタキもほとんど県外から運ばれてきたものなんです」(竹内商店 竹内太一専務)
かつては水揚げ量も高知が一番だったそうだが、昭和30年代に入ると港の問題や鰹の生態系の変化によって徐々に減っていったのだそう。
「でもかつお節作りの伝統は、土佐から広がったんです。枕崎に移住して技術を伝えた方々も多く、少し前まで枕崎では土佐弁が使われることもあったそうです」(竹内専務)
量が少ないのであれば、質にこだわった土佐節を作るしかないということで、竹内商店では昔ながらの手作りで、味、色、形にこだわったかつお節を作り続けている。工場を訪ねると、茹で上がった鰹から1本1本骨を抜く作業を行っていた。ピンセットのような道具を使い、丁寧に骨を抜いていく。見ているだけで気が遠くなりそうだ。
「ここから“焙乾”という作業になります。5階建ての建物の1階で薪を炊いて、乾燥具合を見ながら1階ずつ上げていき、1ヵ月ほどかけて鰹を燻していくんです」(竹内専務)
じっくりと燻され、真っ黒になった鰹の切り身はここからカビ付けをしムロで発酵熟成させ、天日干しで乾燥させる。このカビ付けから天日干しを繰り返すこと4回、完成までに半年近くを要する。このように手間ひまかけて作られるのが旨みとコク味がたっぷりのった「本枯節」だ。
「一般的にダシ用に使われるのは、カビ付けする前の“あら節”と呼ばれるもので、パックにして売られていることが多い。本枯節は味が濃くなるので、削ったものをそのまま食べたほうがおいしいんです」
そう言いながら、カンナのようなかつお節削りで本枯節を削る竹内専務。ゴリッゴリッといかにも硬そうな音が響く。そういえば、遠い昔の子供時代、こんなふうにかつお節を削っていた記憶がある。削りたての1片を口に入れると、すっきりとした旨みが一気に口のなかに広がった。
「伝統を守るということより、いかにおいしいかつお節を作るか。“本物”だから、手間ひまをかけて作っているから、それでいいとは思っていません。化学調味料を作る人たちもすごく努力している。それに負けないだけのおいしさを追求したいと考えています」(竹内専務)
いまや世界から注目の日本食。かつお節の旨みは、その日本食の根幹にあると言っていいだろう。決して大きな工場ではない。生産量も限られている。だが、彼らの仕事が日本文化を守っているのだ。"本物”を味わい、そのすごみを知った気がした。