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2019.09.14

【中田英寿/に・ほ・ん・も・の外伝】狭山茶の里で出あった"緑のダイヤモンド"<埼玉④>

2009年から’15年の約6年半、のべ500日以上をかけて、47都道府県、2000近くの場所を訪れた中田英寿。世界に誇る日本の伝統・文化・農業・ものづくりに触れ、さまざまなものを学んだ中田が、再び旅に出た。

最高級の手揉み茶は、1kgあたり125万円!

「手揉み茶」をご存知だろうか? 専門店などに行けば、「手摘み茶」を見かけることはある。だが手揉み茶となると、よほど茶に詳しい人しか知らないのではないだろうか。狭山茶で知られる埼玉県入間市には、この手揉み茶の伝統が今も息づいている。近年では、一般的な日本茶が茶葉を機械で乾燥させるのに対し、手揉み茶は熟練の茶師が長い時間をかけて、その名のとおり、手で揉みながら乾燥させる。この手揉み茶のトップランナーが大西園製茶の十四代目、中島毅さんだ。まだ39歳の若さながら、これまで7回「全国手もみ茶品評会」で、頂点の農林水産大臣賞を獲得。今年は、満点の成績で日本一になったという“永世茶聖”の肩書を持つ手揉み茶の生きる伝説のような人物だ。

「手揉み茶の茶葉は専用の茶畑で作ります。通常の茶畑は機械摘みしやすいようにかまぼこ型に並べて栽培しますが、手揉み茶用はそれぞれを1本の木として育てて、1枚ずつ手摘みします。手摘みから手揉みという作業を行うことで、茶葉と"会話"し、その年の茶の状態が理解できるので、一般的な茶をつくる作業においても欠かせないものになっています」

手揉み茶は、見た目から一般的な茶とは違う。1枚の葉を丁寧に巻いたような状態に仕上がった手揉み茶は、1本ずつがシャープペンシルの芯のように同じ長さで同じ太さ。ちなみに最高級の手揉み茶は、1kgあたり125万円! “黒いダイヤモンド”といわれるトリュフが1kg30〜50万円といわれることを考えると、それよりも倍以上の価値がある“緑のダイヤモンド”だ。

この貴重な手揉み茶を器に数本並べ、そこに数滴の湯を垂らす。うっすらとあわらわれた薄い黄金色でややとろみがあるように見える茶をすするように口のなかに運ぶ。喉というより、舌が潤う程度のほんの少量。にもかかわらず、体全体に染みわたるように、驚くほどに豊かな味わい。これは茶でありながら、茶ではない。

「茶葉に無理をかけずに仕上げることで、味わいはやわらかいけど重厚感のある茶に仕上がるのです」

中島さんの自宅の敷地内には、手揉み茶を作るための専用の部屋がある。扉を開けると正面に「一葉入魂」の文字。決して広い空間ではないが、そこにはまるで武道場のような緊張感が漂っている。

焙炉(ほいろ)と呼ばれる専用の台は、天板に和紙が張られており、その下から加熱されている。ここで蒸し上がった茶葉を温めながら揉んで乾燥させていくのだ。「葉ぶるい」、「軽回転揉み」、「重回転揉み」、「玉解き」、「揉み切り」、「でんぐり揉み」、「こくり揉み」。茶葉の温度と湿度の状態を見ながら、中島さんは揉み方を変えていく。

「立ち作業で6時間から長いときは8時間くらい。それでできるのは300gくらいです。一瞬でも気を抜くと、すべてが台無しになってしまいます。色、香り、手に触れる感覚など、全身を研ぎ澄ませて揉んでいくのです」

練習用の茶葉を使って、説明をしてくれる中島さん。その手元では、熟練のマジシャンがトランプを操っているかのように茶葉が統制のとれた動きをしている。

「ぜひ中田さんもやってみてください」

腕まくりをした中田が焙炉の前に立つ。茶葉の塊に手を突っ込み、空気にふれさせるために持ち上げて、水分を飛ばす「葉ぶるい」に挑戦。だが、茶葉がちらばるだけでなかなかうまくいかない。中田は、こういった体験作業が得意だ。手本となる人の体の動きを正確に把握し、再現することができるので、だいたいのところでは初めてとは思えない動きをすることができる。だが、この手揉みに関しては別だった。何度挑戦してもとにかく茶葉が言うことを聞いてくれなかった。

「なかなか難しいですね。茶葉が手に馴染んでくれません」

「手揉み茶の世界では、"揉み切り5年"という言葉があり、一人前になるのに最低5年は修行が必要だと言われています。私の場合も品評会用の茶葉を揉むのは、1年に1、2回しかありません。毎年が真剣勝負で同時に修行。まだまだ改善したい点はたくさんあります」

永世茶聖ですらゴールにたどり着けないというのだから、茶の世界は奥深い。「おいしい」の先に驚きがあるとは思わなかった。もしどこかで手揉み茶に出あうことがあったら、思い切って買って飲んでみて欲しい。“緑のダイヤモンド”は、その価格を超えた体験を与えてくれるはずだ。

「に・ほ・ん・も・の」とは
2009年に沖縄をスタートし、2016年に北海道でゴールするまで6年半、延べ500日以上、走行距離は20万km近くに及んだ日本文化再発見プロジェクト。"にほん"の"ほんもの"を多くの人に知ってもらうきっかけをつくり、新たな価値を見出すことにより、文化の継承・発展を促すことを目的とする。中田英寿が出会った日本の文化・伝統・農業・ものづくりはウェブサイトに記録。現在は英語化され、世界にも発信されている。2018年には書籍化。この本も英語、中国語、タイ語などに翻訳される予定だ。
https://nihonmono.jp/

COMPOSITION=川上康介

PHOTOGRAPH=淺田 創

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