2009年から’15年の約6年半、のべ500日以上をかけて、47都道府県、2000近くの場所を訪れた中田英寿。世界に誇る日本の伝統・文化・農業・ものづくりに触れ、さまざまなものを学んだ中田が、再び旅に出た。
普通のもやしの10倍の価格
そこらのもやしとは、まるで別物だ。深谷市の「深谷のもやし屋」飯塚商店の飯塚雅俊さんが作ったもやしは、旨みがしっかりとしていて、ほんのり甘く、野菜らしい香りはあるが、独特のくさみがない。さすが都内の有名百貨店でも扱われているブランドもやし。もやしの10倍ほどの高値でも飛ぶように売れているのだという。
「どんなに物価が上がっても価格が上がらないことから、もやしは物価の優等生と呼ばれています。でもわたしから言わせれば逆。物価が上がっても価格を上げることができない劣等生なんです」
もやしといえば、節約レシピの定番食材。安くて栄養価が高いということで人気がある。現在、スーパーなどで販売されているもやしのほとんどは、コンピューター制御された工場で自動的に作られている“工業製品”だという。価格は100g15〜20円程度で、「この価格でやっていけるのは大手だけ。中小の業者はどんどん潰れている」。そんななか飯塚さんは、昔ながらの手間ひまかけたもやし作りに励み、もやし本来の味を伝え、高い付加価値を維持している。
「現在スーパーに並んでいるもやしのほとんどは中国産の緑豆を育てたもの。成長を抑えるホルモンを与えることで太く、歯ごたえのあるもやしになり、これが人気となっています。でもうちのもやしはミャンマー産の黒豆。緑豆に比べて細いですが、味はしっかりと力強い。もやしは味がないと思っている方が多いですが、実はおいしいんです。そのことを知らない人たちは、うちのもやしを食べるとびっくりするんです」
飯塚商店の“畑”は、体育館ほどの建物のなか。温度、湿度、光をこまめに管理している室内には、遮光した室内には大きな水槽のような容器が並び、そのなかでもやしたちが育てられている。まずは30〜40度ほどのお湯に豆を漬けて、そのまま6時間ほど待つ。
「豆を触ってみてください。温かいでしょ。発芽するときに熱がでるんです。豆も生き物だなと思いませんか。だから丁寧に育てれば、おいしくなってくれるんです。うちではきれいな地下水を使って、6日間かけて健康なもやしを育てています」
これまでさまざまなモノづくりの現場を見てきた中田英寿にとってももやし作りの現場は初めて。果樹や野菜なら畑を目にすることもあるが、室内で育てられるもやしの成長に立ち会うことはまずない。豆が発芽し、少しずつ育っていく姿を見るのは、中田にとっても新しい経験となった。
「もやしにこんな違いがあるなんて思っても見ませんでした。今度スーパーでみかけたら細かくチェックしてみます」
深谷の農産物といえば、深谷ねぎが有名だが、もしこの深谷のもやしを見つけたらぜひ食べてみてほしい。その味わいにきっと驚き、もやしの隠れた実力を感じることができるはずだ。