2009年から’15年の約6年半、のべ500日以上をかけて、47都道府県、2000近くの場所を訪れた中田英寿。世界に誇る日本の伝統・文化・農業・ものづくりに触れ、さまざまなものを学んだ中田が、再び旅に出た。今回の旅のテーマは「日本茶」だ。
佐賀・嬉野で日本茶を学ぶ
“旅”でどこを巡るかは、すべて中田英寿が自分で決める。さまざまなガイドブックなどに目を通すのはもちろん、過去に出会った人々のアドバイスなども仰ぎながら、限られた日数でどんなところを訪問するかが決まり、スケジューリングされていく。
再開した旅の最初の訪問地は、嬉野市の副島園。嬉野の市街地を抜け、クルマ1台が通るのがやっとという細く曲がりくねった山道を通り抜けると、突然視界が広がり、美しい茶園が広がっていた。待っていたのは、四代目となる副島仁さん。43歳の若さながら、無農薬・減農薬にこだわった栽培で育てられた茶は全国的にも高い評価を受け、地元のリーダーのような存在だ。
「この地域は、釜炒り茶をルーツに持つ蒸製玉緑茶で知られています。農業をやっていると、どうしても作付面積を広げようと考えがちですが、うちでは父の代から無農薬・減農薬の栽培をするために、あえて面積を減らして、販売も直販だけにしました。安心、安全なお茶を直接お客様にお届けできればと思っています」
5月の快晴の空の下、斜面に並ぶ緑の茶畑を歩く。それだけですこぶる気分がいい。八十八夜のこの日、副島園では副島さんのご家族が総出で茶摘みを行っていた。
「昔から八十八夜に摘んだお茶を飲むと、1年間健康に過ごせると言われているんです」
副島さんの案内でゆっくりと茶畑の斜面をのぼると、あらわれたのは木製のテラス。なんと、副島園では嬉野市を見下ろす茶畑に“屋根のない茶室”があるのだ。中田が席に着くと、小さな器に入れられた温めの茶がふるまわれた。鮮やかなグリーンの茶と白い磁器とのコントラストが実に美しい。
「高級な茶は、温めのお湯で出すと、甘みと旨みが引き立ちます。逆に熱い湯で出すと、渋みや苦み、カフェインの強いお茶になります。お茶には、日本人の相手を思いやる文化が宿っています。相手や状況によって、淹れ方を変え、思いを伝えることができる。こういったお茶の魅力を次の世代に残していきたいと思っています」
温めのお茶を少量飲んで、甘みと旨みを堪能する。確かに旨みが際立っていて、まるで茶の“出汁”を飲んでいるかのよう。しっかりとした甘みもあるが、雑味は一切ない。次に出てきたのは、時間をかけて水出しした冷茶。シャンパン用のフルートに入れられ、とてもスタイリッシュだ。中田は、まるでワインや日本酒をテイスティングするように香りを楽しみ、ゆっくり口に含む。
「お茶は品種や製法、淹れ方によって繊細に味が変わる飲み物。これから勉強していって、そういった違いを感じられるようになりたいですね」
この2杯がこれからたくさん飲む茶の基準になっていくのだろう。高台にある茶畑の真ん中で過ごしたぜいたくな時間。旅は上々のスタートを切った。
「に・ほ・ん・も・の」とは
2009年に沖縄をスタートし、2016年に北海道でゴールするまで6年半、延べ500日以上、走行距離は20万km近くに及んだ日本文化再発見プロジェクト。"にほん"の"ほんもの"を多くの人に知ってもらうきっかけをつくり、新たな価値を見出すことにより、文化の継承・発展を促すことを目的とする。中田英寿が出会った日本の文化・伝統・農業・ものづくりはウェブサイトに記録。現在は英語化され、世界にも発信されている。2018年には書籍化。この本も英語、中国語、タイ語などに翻訳される予定だ。
https://nihonmono.jp/