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2022.01.12

運気がアップする!? 経営者が密かに通う伝説のハンコ屋

実業家で印章をおろそかにしている人はいないはずだ。命の次に大事なものといっても過言ではない実印や社判を託され70年、なぜ財界人たちはこの職人に委ねるのか。数々の伝説を持つ印店を訪ねた。

山本印店

新規で作る場合は、現在所有しているハンコを見てもらう。そこには必ず使っている人の何かが宿っているという。

山本桃仙。御年82歳、キャリア70年にわたる卓越した職人技

事業をしている人間なら、この不思議なハンコのことを一度は耳にしたことがあるかもしれない。また、この印店のことを知らずとも、世田谷区三宿バス停付近にある行列はいったい何なのだろうと不思議に思った人もいるであろう。

今でこそ予約は前日に電話で数人とるのみとなったが、その昔は「並んだ順」だったため、店の前には毎日行列ができていた。その頃から経営者、財界人、アーティストの間で「ここでハンコを作ってもらえば運気が上がる。ただし、店に行っても作ってもらえない人が多数いる」と都市伝説のように語り継がれていた。このハンコを受け取った時から事業が軌道に乗って財を成す者もいれば、ある者は万障繰り合わせて来店するも「あなたに今、ハンコは作れない。なぜなら……」と理由を告げられたり、ドアを開けた途端に店主が何かを感じ取ったのか、「申し訳ありませんが、お引き取りください」と言われて断念せざるをえない者などさまざま。国道246沿いにある店の前には、できたハンコを受け取りに来る高級車が入れ代わり立ち代わり一時停車していたことも。その様子は、経済的余裕がある層の依頼者が多いというわかりやすい目印でもあった。

職人の名は山本桃仙。御年82歳。12歳で福岡から上京し、実姉が嫁いだ世田谷区三軒茶屋のハンコ店で修業を開始したから、キャリアは70年だ。

Tosen Yamamoto

山本氏、二人三脚で歩んできた奥様、そして依頼者がひとり入ればいっぱいになるコンパクトな店内。若干の緊張も、山本氏の温かい言葉で解れていく。

縁あって予約ができたら指定の時間に行く。その際には現在所有するハンコをすべて持参し、名前と生年月日を伝える。それらのハンコは「親が作ってくれた」「中学の卒業記念にもらった」「文具店で購入した大量生産の廉価なもの」など十人十色である。山本氏はハンコを1本1本眺め、氏名や生まれと照らし合わせながらゆっくりと話す。ある経営者は「あんた何やっている人? これからとても成功するよ。きっと僕なんか話しかけられない遠い人になっちゃうだろうな」と言われ、今や誰もが知る人となったり、自分からは何ひとつ言わないうちから「あんた離婚しようとしているね。今、ハンコを作ると離婚できなくなるから作らないよ。はい、次の人」と現状を見透かされたりする。結婚して姓が変わり、仕事で旧姓を使っているので新旧の姓でハンコを作ってほしいと依頼した女性には「旧姓だけでいいよ」と。その時は心当たりはなかったが、半年後に電撃離婚するに至ったり等々、不思議伝説は枚挙にいとまがない。

山本氏のこの特殊な能力は、幼少の頃に備わったものだ。三度にわたる臨死体験をして、生還するたびに不思議な能力が身についていったのだそう。ちなみに、山本氏がたびたび言うフレーズに、「あんたの父方(母方)のおじいさん(おばあさん)がここに寄こしたんだよ」がある。肉体ではなく、魂レベルの遺伝子の継承を感じるのだという。先祖以外に連れられてきたと感じる者には、本人に自覚がなくとも、例えば財産や相続など「邪(よこしま)な念」によって動かされている場合が多く、自然な流れではないので作らないそうだ。また、今持っているハンコのほうがその人に合っている場合も作らない。いずれにしても、断られたからと落胆することはなく、「このままで行きなさい」ということを聞くために、店に連れてこられたのだと解釈してよいだろう。

山本印店

実印・銀行印・認印の3本1セット。印材はつげを使用する。布製の巾着に入れて渡してくれる理由は「つげの呼吸を妨げないように」という思いから。

数多(あまた)ある山本氏の〝ご託宣〞に注目が集まりがちだが、そのハンコの真の魅力は印影にある。「まるで笑っているようだ」「自分の名前が楽しそうに踊っている」と評する人もいれば、この美しい独特の書体で作ってもらえると考えれば、〝デザイン料〞としては安いくらいだと言う人もいる。これこそがキャリア70年にわたる卓越した職人技の真骨頂なのだ。

このハンコは作ったから開運という〝ラッキーグッズ〞ではない。ましてや世のデジタル化の趨勢(すうせい)もあり、押印の慣習が消えゆく傾向にある。しかし、慣習は廃れるかもしれないが意義は不変だ。ハンコは敢えて「使ってこそ」真価を発揮するもの。愛用者の話を聞くと、「自分では気づいていなかったが山本氏から告げられて初めて意識したことが、ハンコを押す度にリマインドされる」という。

その真理に気づいた人、つまり「人生をともに切り拓く大切な相棒」として意識し、このハンコを日々愛用している人こそが、成功を収めている気がしてならない。

Tosen Yamamoto
1939年福岡県生まれ。12歳で上京し、印鑑の世界に入り、さまざまな印鑑店に勤めて研鑽を積む。’63年、世田谷区に山本印店を開業。印相、星の配置、気学、方位学、書体の知識を盛りこんだ〝芸術的〞印章は著名人のファン多数。

山本印店

山本印店
住所:東京都世田谷区池尻2-37-13
TEL:03-3421-8462
来店希望日の前日、月~木曜正午から受付。翌日の定員に達し次第終了。
実印・銀行印・認印3 本セット¥23,000~、法人印(角印、代表者印セット)¥50,000~ ※文字数により異なる
www.yamamotointen.com/

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TEXT=三井三奈子

PHOTOGRAPH=小寺浩之

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