例年ならば、祇園囃子がそこここから聞こえる京都の7月。「京都に夏がやってきた!」と、町に暮らす人が心を躍らせ、皆で「平安を祈る」ときでもある。だが、 新型コロナウイルスの影響で令和2年の祇園祭 (祇園御霊会) は規模を縮小して執り行われることに……。1150年という長い歴史の中でも、異例の形として執り行われる"令和2年の祇園さん"を5回連載でお伝えしたい。 第2回は、パンデミックの危機に直面する年だからこそ「より真摯に粛々と」執り行われる神事について、また、神職たちの祈りについて八坂神社にお聞きした。
山鉾巡行中止イコール祇園祭の中止ではない
2020年4月20日、「祇園祭・山鉾巡行の中止決定」とニュース番組などで報道され衝撃が走った。オリンピックや高校野球のみならず、日本三大祭りのひとつ、夏の風物詩ともいえる祇園祭も「新型コロナウイルスの影響で中止になるのか」と、京都人だけでなく多くの人が肩を落としたのだ。
神輿渡御や山鉾巡行が行われることで人が集まり、「三密」になることを避けての中止発表だった。だが、山鉾巡行中止イコール祇園祭の中止ではないと八坂神社権祢宜の東條貴史さんは言う。規模は縮小するが、神事は粛々と執り行われるのだ。
第1回目にも記したが、貞観11(869)年に疫病が広まった際、卜部日良麻呂(うらべひろまろ)が勅を報じて全国の国の数にあたる66本の矛を立て、祇園社から神泉苑に神輿を送ったことが、祇園御霊会(祇園祭)の始まりとされている。これは、八坂神社に残る社伝にも記されているそうだ。
以降、年に一度「疫病退散」を祈る祭として町衆の心の支えとなってきた。また14世紀に山鉾巡行が始まり、幕府の意向もあって大きな祭へと発展していく。
「当時、祇園社は比叡山の支配下にあり、その影響で祇園祭を延期することもありました。そんな中、織田信長の比叡山焼き討ちがあり、祇園社は比叡山から解放されたのです。以降は、祇園社主導で祇園祭を執り行うようになりましたが、室町期から江戸の天下統一までは様々な歴史的事象や困難もありました。応仁の乱もそのひとつです。祇園祭は、歴史とともに苦難を乗り越え、継承されてきた祭なのです」(東條氏)
歴史の流れにそうように、臨機応変にやり方を変えて受け継がれてきた祇園祭は、令和2年、また新たな至難の年を迎えた。
「神輿渡御、山鉾巡行が中止と発表されたことで、祇園祭自体が中止になると思われている方が多いのですが、実際にはそうではありません。祇園祭の創始そのものが、疫病退散を願った祭であったこともあり、当社にとって今年の祇園祭は特別です。規模は縮小せざるを得ませんが、より一層身をひきしめ神事を執り行います」(東條氏)
本来ならば祇園祭は、7月1日の?符入に始まり、10日のお迎え提灯や神輿洗い、15日の宵宮祭、そして17日神幸、24日環幸と順に行われ、29日の神事済奉告祭、31日の疫神社夏越祭で幕を閉じる。1ヵ月の間、30以上もの神事が執り行われるのだ。
だが今年は人が集まるであろうと予測される神事や祭事については中止し、いくつかの神事のみ「三密」を避けて行うという。
例年のように神輿を蔵から出して渡御することはないが、それら神事の規模を縮小。具体的には、17日の前(さき)の祇園祭には、神輿渡御の変わりとして、馬の背中に神籬(榊)を3本立て八坂神社から御旅所まで四条通りを巡行。24日の後(あと)の祇園祭では同様に、馬の背中に神籬を立て、中御座神輿のコースを巡行する。渡御の先頭はお祓いの神職、その後を勅板(勅命によって版行された印本)、御神宝(矛、盾、弓、矢、剣)が続く例年通りの順列だ。宮本組をはじめとし、清々講社、三社神輿会などの役員が御供奉する。
さらに、今年だけの神事として、四条御旅所に神様がいらっしゃる18日から23日の間、毎日、御祭神の御分霊を台車にお乗せして、神職とともに、氏子25学区をめぐる巡行を行う。これはかつてない初めての試みで、この神事によって「疫病退散祈願を氏子に寄り添い氏子とともに行いたい」という八坂神社の想いを表すそうだ。
祇園祭の本義は、神職一人ひとりが祈りを捧げること
「疫病退散の最たる神社ともいえる当社が、今一番にしなければいけないことは祈ることです。八坂神社の神職がそれぞれ祈ることがまず大切です。神輿渡御や山鉾巡行も氏子の皆さんの心を癒すことかもしれません。けれど、神事としての第一儀は祈りです。ある意味、それだけは、この長い歴史のなかでまったく変わらないことなのです」(東條氏)
神輿渡御などの規模を縮小して行うのは、ひとつには「祇園祭は中止される」と思っている人々や世界中の観光客に対して、「祇園祭は中止されることはない」と伝えたいからだという。神輿や山鉾を観るために祇園祭に来る人が多いなか、それらの祭事は「実は祈りのための神事である」と知っていただくよい機会にしたいという。
「新型コロナウイルスは怖いものではありますが、今年こそが、ご神威を発揚するべきときだと私ども神職は思っています。全国の素戔嗚尊を祀る総本社でもありますので、当社の役割として災難のある年にいかに神事を行ったかという前例になるべきだと考えています。さらには、地域の方々にも自分たちが八坂神社の氏子であることを再認識していただくとともに、若い方にも氏子意識をもっていただく機会になればと思っています。今年に限り御神霊が当社氏子区域を6日間に分けて隅々まで巡行することによって、町内の方々に八坂神社の氏子であるということを再認識いただけることを願います」(東條氏)
祇園祭を未来に繋げるために
ゴールデンウイークに新型コロナウイルスの感染拡大を避けるため神社を閉鎖したことがあった。そのとき、一番心苦しかったのが、氏子から「祈りを捧げに行けない」という声があがったことだったそうだ。つらい時こそ祈りたいという氏子の想いがひしひしと伝わってきた。
「疫病は100年単位で起こると言われています。そう考えると、もしまた100年後に何かが起こったときに、当時の記録を見て何かしらの指針にしていただければ、そんな嬉しいことはありません。そのためにも、これまではしてこなかったSNSでの発信など時代に即した方法で記録に残したい。今年京都に来られない観光客の方だけでなく、未来の人々が令和2年の祇園祭を見られるよう工夫できれば。神社なのにSNSとはと、お叱りを受けるかもしれませんが、神社であっても新しいことに取り組みべきで、今年こそがその第一歩です。発信することによって、時代に対応しながらも本義は変えずに神事を粛々と執り行っていることを日本全国さらに世界各地にまでお知らせしたいと思っています」(東條氏)
八坂神社をはじめ、宮本組や三社神輿会、祇園山鉾連合会の組員、会員たちは、誇りをもって毎年神事に臨み、変わらず「疫病退散」を祈る。現場で神事にふれるか、発信された情報でふれるか。いずれにしても、皆が心をひとつにすることが、神に想いを届けることに繋がるのではないだろうか。