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2020.04.05

信長見聞録 天下人の実像 ~第十六章 柴田勝家〜

織田信長は、日本の歴史上において極めて特異な人物だった。だから、信長と出会った多くの人が、その印象をさまざまな形で遺しており、その残滓は、四百年という長い時を経て現代にまで漂ってくる。信長を彼の同時代人がどう見ていたか。時の流れを遡り、断片的に伝えられる「生身の」信長の姿をつなぎ合わせ、信長とは何者だったかを再考する。

信長見聞録

信長のコトバ:「無理非法の儀を心にをもひながら、巧言申し出ずべからず」

所領安堵つまり、主君が家臣の土地の所有権を認めることが封建時代の主従関係の基礎だった。家臣が主君に従って戦をした理由もそこにある。支配領域を広げるために、彼らは戦ったのだ。天下静謐を目指した信長にとっても、その事情は基本的には変わらない。都を制圧して天下人となり、版図を全国に広げていく過程で、信長は新たに支配した土地を重臣たちに分け与えていく。重臣はそれぞれの地域で一国一城の主となり、信長はその上に君臨した。

そういう意味で、信長といえども、封建制の枠組みから完全に自由なわけではなかった。土地という恩賞なしに、増加していく家臣団を自らの支配下に置くことはできなかったのだ。

とはいえ、信長は彼らに完全な自治を許したわけではない。

天正三年、越前の一向一揆を制圧した信長は、柴田勝家に越前国の八郡を与える。石高49万石。勝家は堂々たる戦国大名となったわけだが、同時に信長は勝家に宛てて九ヵ条の掟書(掟条々)を送っている。越前国を治めるにあたり、こうしなさいよと掟を定めたのだ。

支配は認めるが、勝手は許さないというわけだ。現代の基準で大雑把に分類すれば、信長はマイクロマネジメント型の君主だったと言えるかもしれない。

もっともその掟書を子細に読むと、信長の真意はそれほど単純ではなかったことがわかる。少なくとも、勝家をロボットのように我が意のままに操ろうとしたわけではない。

まず第一に、掟の内容はごく穏当なものだった。掟条々に定められたのは、民に不法な税を課すなとか、地侍を丁寧に扱えとか、裁判は公正に行えとか、関所を廃止せよとか、備蓄を怠るなとか、国主として守るべき当然の事柄ばかりだった。「よく治めよ」と一言励ませばすむところを事細かに指示してしまうのは、信長の癖のようなものだろう。そんな当然のことを指示されて、勝家がどう思ったかは伝わっていない。

けれど、信長にも言い分はあったに違いない。その当たり前が出来なかったから、天下は乱れたのだ。為政者が私利私欲を貪り、民を蔑ろにした結果がこの乱世なのだ。信長の天下静謐は、この掟書通りの統治が国の隅々にまで行き渡った時に成就する。信長はおそらくそう考えていた。その証拠に、信長の家臣たちの為政者としての評判は悪くない。猛将のイメージの強い勝家も、領民に慕われていたという話が残っている。

信長が家臣を意のままに操ろうとしたわけではないと筆者が思う第二の理由は、この掟書の最後だ。そこには何か不測の事態が生じた時は、信長の指図に従えとある。例えば大きな政変が起きた時の臨機応変の判断は信長が下すと言っているわけだが、「そうは言っても」とその後にこう続けている。

「無理非法の儀を心にをもひながら、巧言申し出ずべからず」※

信長の指図が間違っていると思ったら、うわべだけ従ってはいけないと言うのだ。さらに続けて、信長の指図に異論があるなら、きちんと弁明せよ、理があるなら聞き届けようとまで書いている。自分が絶対に正しいとは言わなかった。

信長は家臣を厳しく律したけれど、それだけでなく、自分の頭で考えられる人間であることを要求した。信長の下で飛躍的な出世をした人々は、明智光秀を含めて、例外なくそれが出来る武将たちだった。イエスマンだけで天下を手中に収められるわけもないことは、信長が一番よく知っていた。

※『信長公記』(新人物往来社刊/太田牛一著、桑田忠親校注)177ページより引用

Takuji Ishikawa
文筆家。著書に『奇跡のリンゴ』(幻冬舎文庫)、『あいあい傘』(SDP)など。「物心ついた頃からずっと、信長のことを考えて生きてきた。いつか彼について書きたいと考えてから、二十年が過ぎた。異様なくらい信長に惹かれるその理由が、最近ようやくわかるようになった気がする」

TEXT=石川拓治

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