自分の運命を決定づけた忘れられない一日
誰しも「あの日が私の人生の岐路となった日だ!」と振り返る大切な一日があると思います。今回紹介する『帰らない日曜日』は、ある小説家の運命を変えた日を描く作品。その女性は、小説家になるきっかけが3つあったと語っています。ひとつめは生まれてきた日、ふたつめはタイプライターを手に入れた日、そして3つめは……? そこには誰にも言えない秘密の恋があったのでした。
主人公のジェーン・フェアチャイルド(オデッサ・ヤング)は20世紀初頭生まれ。上流階級のお屋敷のメイドとして働いています。ご主人様は英国紳士と言えばこの人、コリン・ファース。
ジェーンは、ご主人様と家族ぐるみの付き合いをしているシェリンガム家の御曹司ポールと密かに付き合っています。が、彼は結婚を目前に控えている。ん〜、決して実らない恋。滝藤、この手の設定大好物です。
そんななかでの逢瀬の日、彼は誰もいない邸宅に彼女を呼び、正面玄関から招き入れ、愛を交わす。ふたりの存在はもちろん、家具、カーテン、壁紙、絨毯、目に見えるものすべてのなんと美しいことでしょう。やはりクラシックの始まりは英国なんですねぇ。上質な肌着をゆっくりと着ていくポールの姿は育ちのよさが漂い、見惚れてしまいました。
婚約者との会食に出かけるポールに館で自由にしていいと言われたジェーンは、裸体のまま、まるで時が止まったかのように、邸内を探検するのですが、彼女の振る舞いが優雅でありながら、なんとも生々しい。ボッティチェッリの「ヴィーナスの誕生」を鑑賞しているかのよう。捨て子として孤児院で育ち、メイドとして過ごしてきた彼女がお仕着せの制服を脱ぎ捨て、人生で初めて自由を手にし、気ままに過ごした一日。ああ、なんてロマンティックなんだ……。
さて、私の人生をこの映画のように構成したら、俳優になろうと決意した日としてどの日をフォーカスするだろう。塚本晋也監督の映画『BULLET BALLET』で、初めて台詞を喋った日か。それとも無名塾を受けた日か。自分自身の人生も振り返りたくなった作品です。
『帰らない日曜日』
2021/イギリス
監督:エヴァ・ユッソン
出演:オデッサ・ヤング、ジョシュ・オコナーほか
配給:松竹
5月27日より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほか全国公開。
第一次世界大戦のドイツとの戦いで多くの若者が命を失ったイギリス。メイドのジェーンが働くニヴン家をはじめ、近隣の邸宅も跡取りが戦死し、深い傷を負っていた。ジェーンが密かに交際するポールは、兄たちの戦死を受け、望まぬ結婚をしようとしていたが……。
滝藤賢一/Kenichi Takitoh
1976年愛知県生まれ。ドラマ『探偵が早すぎる 春のトリック返し祭り』(YTV・NTV)、『家電侍』(BS松竹東急)に出演中。6月3日には映画『極主夫道 ザ・シネマ』が公開される。