自由の国・アメリカに自由を奪われた男の物語
海外の映画で思わず唸ってしまうのは、事実に基づく国家機密に踏みこむもの。包み隠さずエンタテインメントにすることで自分たちが犯した愚かな行為をなかったことにするのではなく、二度とこんなことを起こさないために映画として残さなければならないという使命感を感じます。
この『モーリタニアン 黒塗りの記録』も実話を基に、アメリカ同時多発テロを扱っています。同じ題材の『ユナイテッド93』や『ワールド・トレード・センター』が2006年公開なのに、こちらはなぜ時間がかかったのか。それは原作者で、主人公のモデル、モハメドゥ・ウルド・スラヒ氏がテロの首謀者のひとりとみなされて5年前まで拘束されていたから。彼がシロかクロか、話すことは真実か嘘か。観ている側は常に試されているかのようで、すさまじい緊張感でした。
モハメドゥはアフリカのモーリタニアンから何の前触れもなく突如連行され、アフガニスタンなどに移動した後キューバの収容所へ。当時、アメリカ政府は中東やアフリカのイスラム教徒を証拠もなく多数連行したといい、問題視したアメリカの人権派の弁護士が立ち上がります。それがナンシー・ホランダー弁護士。相手がテロの犯人かもしれない。その場合、アメリカ中を敵にまわすことになる。でも、裁判なく何年間も拘束されているのは不当だと、アメリカ合衆国を相手に裁判を起こします。
この女性、毅然としてカッコいい。どこかで見たことあるけど誰だっけ? と、ぶれない姿に惚れ惚れしていたら、あ、ジョディ・フォスターだ! と驚愕。『羊たちの沈黙』のクラリスのイメージをあっさり更新し、ベテラン弁護士をたまらなく魅力的に演じています。
一方、米軍の上層部の意を受け、モハメドゥを死刑にするため、起訴を目指すスチュアート中佐にベネディクト・カンバーバッチ。この作品、彼が原作に惚れこみ、自身の製作会社で立ち上げた企画だそうです。
拘束期間に起きたことを黒塗りした公式文書。権力が隠した真実はいかに。どこも変わんねえなぁ。劇場でお楽しみを。
『モーリタニアン 黒塗りの記録』
2021/イギリス
監督:ケヴィン・マクドナルド
出演:ジョディ・フォスター、ベネディクト・カン
バーバッチ、タハール・ラヒムほか
配給:キノフィルムズ
10月29日よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
アメリカ同時多発テロ事件の容疑者として、キューバ、グアンタナモ収容所に収容され、最初の死刑候補とされたイスラム教徒の男性と、彼の人権を守った女性弁護士の戦いの物語。モハメドゥ・ウルド・スラヒが2015年に発表した、検閲で黒塗りだらけの手記に感銘を受けたベネディクト・カンバーバッチが自ら製作した。
滝藤賢一/Kenichi Takitoh
1976年愛知県生まれ。初のスタイルブック『『服と賢一 滝藤賢一の「私服」着こなし218』』(主婦と生活社刊)が発売中。滝藤さんが植物愛を語る『趣味の園芸』(NHK Eテレ)も放送中。