役者・滝藤賢一が毎月、心震えた映画を紹介する連載「映画独り語り座75」。超メジャー大作から知られざる名作まで、見逃してしまいそうなシーンにも、役者のそして映画のプロたちの仕事はある! 役者の目線で観れば、映画はもっと楽しい!
東京に潜む、見えない壁にぶつかりながらも奮闘する女性たち
今月はこの作品で、と決めた時、担当編集者から「意外です。接点がないですよね?」と言われてしまいました。ヒロインの華子は20代後半の良家のご息女。実家は美容整形の医院を経営し、都心の一等地・松濤で生まれ育ち、小学校から大学まではエスカレーター式。そんな主人公が結婚相手を探すお話。うんうん、確かに無縁だな……っておーい! 失礼だろ! 名古屋市の端っこで生まれ育ったからって貴族と接点がないと思うなよ! ないけどね!
この華子を演じるのは大河ドラマ『麒麟がくる』で、私が演じた足利義昭の想い人、駒を演じた門脇麦さん。去年一番現場をともにし、お話しさせていただいた女優さんです。とてもご縁のある方で、過去に何回も共演しています。普段は自由奔放でとても明るい方ですが、華子は、親の敷いたレールから外れたことがない、おっとりした女性。まるでイメージの違う人物を見事に体現されていて、門脇麦という女優の無限の可能性を見せつけられました。
しかし、次々と現れる見合い相手がどれもこれもヤバイ。貴族ってこんな変人たちとしか出会うことがないのか。貴族だからってすべてに恵まれているわけではないんだなぁと同情。
そんな華子と正反対の存在が、富山から憧れの慶應義塾大学に入学しながら、実家の支援が続かず、水商売を始める水原希子さん演じる美紀。そして美紀の富山時代からの親友・里英(山下リオ)。身ひとつで上京し、何のコネもないなか、自分たちの力量と才覚で起業し、頑張っていく。ふたりが生きていく東京という街はチャンスで溢れているはずなのに、それはいつまで経っても現れやしない。私自身、何度も路頭に迷い、どん底に突き落とされました。美紀が、東京タワーが間近に見える場所に部屋を借りて、東京というブランドにしがみつきながら、自身を鼓舞するのも痛いほどわかる。
華子の親友で、バイオリニストの逸子(石橋静河)も含め、4人の若者の人生の模索ぶりが丁寧に描かれ、監督で脚本も手がけた岨手(そで)由貴子さんの作品への愛を感じました。
『あのこは貴族』
山内マリコの同名小説を『グッド・ストライプス』の岨手由貴子が映画化。苦労の婚活を経て、理想の人と巡り合った華子だが、彼の携帯に見知らぬ女性の影を見つけ……。東京の見えない階級に縛られる若者たちのもがきと自立を描く。
2021/日本
監督:岨手由貴子
出演:門脇 麦、水原希子、高良健吾ほか
配給:東京テアトル/バンダイナムコアーツ
2月26日より全国公開中