連載「滝藤賢一の映画独り語り座」。今回は『恋人たち』を取り上げる。
リアルとは違う"生すぎる"人間の見せ方
先日、熟年のご婦人と映画談義をしていると、「私の年齢になると映画で癒やされたいなんて思わない。むしろ、身をえぐられる想いを味わいたいわ、ウフフ」と意味深な微笑みをされました。「なら僕がお手伝いを……」の言葉を飲みこんだ滝藤です。
というわけで、映画の鑑識眼も感受性も高く、ハードな内容もお手の物な女性と行くのならこれしかない。橋口亮輔監督の『恋人たち』です。
3人のメインキャラクターは橋口監督がワークショップで見いだしたそうで、プロの俳優とそうではない人の狭間にいて、その演技は実に生っぽい。生すぎるといってもいい。でも、リアルとは何か違う気がする。
通り魔事件で妻を亡くした男。半端ない悲劇の主人公ぶり。あまりに卑屈で、もはや笑える域。
鼻持ちならないキザなゲイ弁護士は、プライドだけは高く、自己主張の強い勝手な奴。
毎日が単調なルーティーンの主婦においては、まさにえぐられたい女代表。まぁ、揃いも揃って痛々しいですよ……。
それぞれの人生がどん詰まり。自分の想いがうまく相手に伝わらない。苦しくて息がつまってどうしようもない状況のはずなのに、橋口監督は敢えてその悲惨さを観客に笑わせる演出をしているんじゃないかと感じました。「こんなんだけど、笑ってくれよ!」と、言わんばかりに。あまりにも切羽詰まっている人を見ると笑えてくるんだな……。
また、光石研さんや安藤玉恵さんをはじめ、脇を固める役者が輪をかけて面白い。これでもかと畳みかけてくるのに、不自然に感じないのは、俳優から生々しさを丁寧に掬い取っているからなのかしら。
端々に出てくる何気ない日常がリアリティを増して、映画なのか現実なのかよくわからない錯覚に陥ります。このテイストを、技術と経験を重ねたプロの俳優が出すことは容易ではない。悔しいけど、僕はあの場所へはもう戻れない。でも、僕は出たいです、橋口映画。10数年前、『ハッシュ!』を観た、その日から……。あれ? 最後はラブレターになっちゃいました。
■連載「滝藤賢一の映画独り語り座」とは……
役者・滝藤賢一が毎月、心震えた映画を紹介。超メジャー大作から知られざる名作まで、見逃してしまいそうなシーンにも、役者の、そして、映画のプロたちの魂が詰まっている! 役者の目線で観れば、映画はもっと楽しい!