歴史ある名車の“今”と“昔”、自動車ブランド最新事情、いま手に入るべきこだわりのクルマ、名作映画を彩る名車etc……。国産車から輸入車まで、軽自動車からスーパーカーまで幅広く取材を行う自動車ライター・大音安弘が、さまざまな角度から”クルマの教養”を伝授する!
1972年の「フィアットアバルト124ラリー」が原点
あなたは、日本生まれのイタリア車が存在することをご存じだろうか。これまでにも日本と海外のメーカーが協力し、生まれたクルマは国内外に存在するが、日本で開発製造されたというケースはかなり珍しい。それが今回紹介する「アバルト124スパイダー」だ。
同車の生い立ちを知るために、時計の針を1972年まで一度戻したい。フィアットは、前年に同社のクルマをベースとした高性能なクルマを開発製造していた「アバルト」を買収。フィアット傘下入りの第一弾モデルとして、オープンカーの「フィアット124スポルトスパイダー」をベースとしたラリー競技向け車両を企画。それが'72年のスイス・ジュネーブモーターショーに出展された「フィアットアバルト124ラリー」であった。同年より発売が開始され、後にインターナショナルラリーへ、'72年から'75年まで投入。連続してランキング2位を獲得するなどの大きな成果を残した。そのクルマを原点とするのが、現代のアバルト124スパイダーである。
しかし、現代の124スパイダーには、少し複雑な事情があった。2013年にフィアットとマツダが提携し、マツダがロードスターをベースとした独自仕様のオープンカーをフィアット向けに供給することが決定。しかし、当初は、フィアットの傘下のアルファ・ロメオ向けの車両となる予定であった。これによりアルファ・スパイダーが復活すると見られていた。ところが、'15年の米国ロサンゼルスショーで姿を現したのは、現代版となった「フィアット124スパイダー」であった。つまり、アルファ・ロメオ車ではなく、フィアット車として送り出されたのだ。
この背景には、アルファ・ロメオの更なる上級化が決定したことが影響したと見られる。そして、'16年のスイス・ジュネーブモーターショーには、アバルトチューンを施した高性能版「アバルト124スパイダー」として世界初披露された。そのアバルトモデルのみが、日本にも'16年10月より設定され、販売開始となった。
イタリアと日本の協業で生まれたアバルト124スパイダーの基本構造は、ロードスターのものだが、そのスタイリングは、大きく異なる。徹底的なスリム化を図ったシャープな顔立ちのロードスターに対して、124スパイダーは、ややロングノーズが強調されたクラシカルな顔立ちに仕上げられている。これはかつての124スパイダーのディテールが巧みに取り込まれている点も大きい。そのため、クラシックと現代の124スパイダーはよく似た雰囲気を放つ。
内装は、基本的にはロードスターのものを踏襲し、アバルト風味を感じさせるカスタマイズが加えられている。ただそれはネガティブな要素ではなく、ロードスターの持ち味であるシンプルさが、クラシックテイストを持つ124スパイダーの良いエッセンスとなった。
マツダのスポーツカーにイタリアンスポーツの刺激が加わった。
最大の違いは、エンジンにある。マツダの広島工場の生産ながら、パワートレインを輸入し、フィアット製のものを搭載している。ロードスターが、自然吸気仕様の1.5Lと2.0Lエンジンに対して、アバルト124スパイダーには、1.4Lのターボエンジンを搭載し、最高出力170ps/5500rpm、最大トルク250Nm/2500rpmを発揮した。
現代車としては飛びぬけて高性能というわけではないが、1100㎏ほどの車両重量しかないアバルト124スパイダーなら、十分に刺激的な加速が味わえる。そして、ロードスターからのプレゼントである軽快な身のこなしにより、街中から峠まであらゆるシーンでの運転する楽しさがあるのだ。
アバルトと聞くと、過激な乗り味を予想させるが、意外と乗り心地も良く、そのキャラクターは、どちらかといえばグランツーリスモ的なのだ。信頼性の高いマツダのスポーツカーに、イタリアンスポーツの刺激が加わったアバルト124スパイダーは、基本の多くが日本車と変わらないため、輸入車ながら、かなりフレンドリーな存在といえる。当時のリリースによれば、生産をマツダ、企画開発をフィアットグループが担当したとされているが、開発分野でもマツダのエンジニアも深く関わっていたことだろう。私自身は、両者のエンジニアの交流が、見事なバランスを実現した結果と確信している。
しかし、残念なことに、両社のコラボレーションは、'20年をもって終了。フィアット/アバルトの124スパイダーは、既に広島での生産を終えてしまった。ロードスターの姉妹車ながら、ロードスターの香りを見事に消しながらも、前後バランスの良さや軽快な走りなどの素性の良さをしっかりと受け継いだアバルト124スパイダーは、素晴らしいスポーツカーであったと思う。
将来、その価値は、今以上に評価されるはずだ。しかし、合理化や電動化が進む今、各社の協業体制はより強固なものとなっていくことが予想されるが、このような痛快なコラボレーションは、なかなか実現しないだろう。