歴史ある名車の“今”と“昔”、自動車ブランド最新事情、いま手に入るべきこだわりのクルマ、名作映画を彩る名車etc……。国産車から輸入車まで、軽自動車からスーパーカーまで幅広く取材を行う自動車ライター・大音安弘が、さまざまな角度から“クルマの教養”を伝授する!
EV業界に大きな変化をもたらした「リーフ」誕生から10年
実は、電気自動車の歴史は、エンジン車よりも古い。ただ普及へと動き出したのは、近年のこと。最も大きな変化を生んだのは、2010年12月、日産が電気自動車(EV)「リーフ」の発売で、個人でも電気自動車を所有することが現実的になった。
その未来的な存在に、多くの人を惹きつけたが、常に価格だけでなく、航続距離も話題の中心に。つまり1回の充電で、どのくらい走行できるかということが重視されてきた。
何しろ充電は、エンジン車のようにスタンドで5分という訳にはいかないし、何より環境も限定される。初代リーフの発売時の航続距離は、200km(JC08モード)であった。そのリーフも今や最新式のバッテリー増強タイプだと、570km(JC08モード)まで向上されたのだから、技術の進歩には驚かされる。
もちろん、機能や効率の向上が図られたのは言うまでもないが、最大の違いは、搭載バッテリーの容量拡大だ。最初のリーフが搭載するリチウムイオン電池の容量は、24kWhだったのに対して、最新式では62kWhと約2.6倍にもなる。これはリーフがガソリン車とそん色ない使い勝手を目指したためだ。
その志は、多くのEVが共有するものであり、高性能と共に長距離移動が可能であることがアピールされてきた。当然、バッテリー容量を拡大するには、広いスペースと重量増がマスト。いうまでもなく、比例して車両価格も上昇するため、そのため、EVは大型車や高級車が多い。
航続距離の短さこそホンダeたる秘密
その常識に立ち向かったのが、「ホンダe」なのだ。バッテリーの容量、つまり航続距離に拘らなければ、もっと自由なEVが作れるのではないかと……。
そんなホンダeは、小さい。車幅こそ1750mmとなるので3ナンバーとなるが、全長4m以下のフィットよりもコンパクト。性能のひとつの指標となるリチウムイオンバッテリー容量は35.5kWhで、274km(JC08モード)の航続距離を備える。世間では、ホンダeの航続距離の短さばかりが注目されるが、もちろん理由がある。それがホンダeたる秘密でもあるのだ。
ホンダeの主戦場たる欧州では、日本同様に小さいクルマも多い。かつて英国ではMINIが誕生し、イタリアではFIAT500が愛され続ける。フランス車も洒落たコンパクトカーのイメージが強い。複雑な路地で構成される欧州の都市部は、まさに小さいクルマの晴れ舞台なのだ。
ホンダeも、彼ら同様に持ち場を日常に絞った。欧州での一般的な1日の移動距離は60kmというから、それを優に上回る性能があれば、電欠になる心配はない。そして、帰宅後、200Vの普通充電をしておけば、次の日も電気は十分。無論、遠出の際は、急速充電器を活用すればよいのだ。
小型犬っぽく、ドラえもん的なクルマ
さらにクルマにとって小さいことは、色々なメリットを生む。まず愛嬌あるデザインが似合うこと。「ホンダe」は丸目ライトや曲線を多用した、ちょっと玩具っぽいもの。どこか小型犬ぽく、ドラえもん的でもある。それは性能には関係ないが、ドライバーに愛着を湧かせ、癒やしを与えることもあるだろう。まさにクルマがペットになる感覚だ。
続いて、取り回しの良さ。全長が短いだけでなく、ホンダeは後輪駆動車なので、前輪の切れ角が大きく、小回りも得意で、Uターンもお手のものだ。このサイズなら、駐車だってし易い。
もちろん、車体が小さいため、キャビンもコンパクトだ。しかし、前席優先のレイアウトとすることで、快適な空間を確保。その分、後席は犠牲になるが、実用十分な広さはキープする。そもそも街乗り中心ならば、多くは二人乗りが中心。後席の利用は、単距離移動ばかりとなる。スペースの有効活用でいえば、前席優先がベターなのだ。
その前席には、未来的な5面ディスプレイのダッシュボードが広がる。乗り込むと、まるで映画に登場する宇宙船のコクピットのよう。それぞれの画面の役割は、左右の2画面がデジタルドアミラー用で、フロントドアに内蔵したカメラ映像を映し出す。運手席前にはデジタルメーターパネル、中央と助手席側の2画面がインフォテイメントシステムとなる。
特にユニークなのが、エンタメ性能で、音響機能のレベルが高く、好きな場所がミニシアターになる。さらに車内Wi-Fi機能もあるから、まさに移動する自室にもなる。
さらに機能を紹介すると、音声認識機能が独特で、ユニークな、ゆるキャラが対応。音声操作だけでなく、ドライバーとのコミュニケーションを図ったりもする。現時点では限度はあるが、いずれはスターウォーズの「R2-D2」やナイトライダーの「ナイト2000」、ガンダムの「ハロ」みたいなキャラに発展していくようなワクワクを味合わせてくれる。
最大トルクは3.0Lエンジン車並み
では、クルマとしての走りはどうなのか。その見た目とは裏腹に、かなりスポーティな走りを見せる。なにせコンパクトカーサイズなのに、最大トルクは3.0Lエンジン車並みなので、加速力も抜群。小さいので、身のこなしもキビキビしている。
この辺は、コンパクトカーである点を活かしたところ。ただホンダらしくとことんな部分が、スポーティな走りを満喫できるように、わざわざスポーツタイヤを履いているほど。因みにベースグレードはエコタイヤで、航続距離が34kmアップの308km(JC08モード)となる。これも素性の良さを活かすための割切り。なんとも潔くホンダらしいではないか。
そんなホンダeの価格は、451万円~495万円と可愛いとは言いにくい。もう航続距離が……という人には、無理に買ってもらわなくても良いというスタンスともいえる。
しかし、多彩なエンタメ、デジタルミラー、コネクテッド、先進安全運転支援機能、ナビ、ETC2.0車載器、デジタルメーター、グラスルーフ、LEDライトなど、最新機能が満載なので、このタイミングで割高なEVを買ってもらうのだからというサービス精神に溢れている。逆に、シンプルに徹しても、思ったほど安くは作れないのがEVのジレンマでもある。
そこでメリハリの効いた拘りのクルマ作りに徹した訳だ。数字に惑わされず、その世界に足を踏み入れてみれば、見える視界も変わるだろう。噛めば噛むほど、そんな味のあるEVは、珍しい。まさにホンダイズムは健在であると確信させる一台であった。