ART

2025.04.22

尾形光琳の国宝「燕子花図屏風」、美術ジャーナリストの鑑賞法

毎年同じ時期に一つの絵を見るというのはいいものである。尾形光琳の国宝《燕子花図屏風》。今年もこの季節が来たと感じながら、この絵の、金箔を背景に限られた色数でしかも図案化され、リズミカルに配置された植物を見る。高度なグラフィックデザインでもあり、音楽が聞こえるようだ。

国宝 燕子花図屏風(右隻) 尾形光琳筆 6曲1双 紙本金地着色 日本・江戸時代 18世紀
国宝 燕子花図屏風(右隻) 尾形光琳筆 6曲1双 紙本金地着色 日本・江戸時代 18世紀

初夏に鑑賞したい名作絵画

美術ファンにとっては恒例ではあるのだが、この季節になると、尾形光琳の国宝《燕子花図屏風》を見るために東京・南青山の根津美術館に足を運ぶことになる。美術館の庭では本物の燕子花が咲き誇るこの時季である。

《燕子花図屏風》は歴史や美術の教科書で見たことがあるだろう。実に美しい。教科書的な説明をしておくと、「金箔地に鮮やかな群青(ぐんじょう)と緑青(ろくしょう)で燕子花を単純明快に構成した点が見所。燕子花は『伊勢物語』にちなんだモチーフ。1700年代初め。国宝」(『日本美術館』小学館)。その通り。金箔を1,000枚以上使っているそうだ。しかも反復して同じ図柄が使われている部分があり、それがリズム感や安心感をもたらしてくれる。

そして『伊勢物語』というのは、都には住むべき場所がないと感じた主人公が東国に旅をして、妻を想うというあの「東下り」の段にある、

らころも
つつなれにし
ましあれば
るばるきぬる
びをしぞおもふ

と歌を歌い、妻のことを思い出し、旅愁に駆られる、まあおセンチな男の話。

このとき詠んだこの歌に「かきつばた」が読み込まれているというわけ。

国宝 燕子花図屏風(左隻) 尾形光琳筆 6曲1双 紙本金地着色 日本・江戸時代 18世紀
国宝 燕子花図屏風(左隻) 尾形光琳筆 6曲1双 紙本金地着色 日本・江戸時代 18世紀

そんな名作文学が尾形光琳をして、こんな名作絵画を作らせたわけだが、そういうわけで毎年、燕子花の咲く今の季節に基本的に1ヶ月、展示されるので、見にいきたいものだ。ちなみにそれより先立って、梅の季節には熱海のMOA美術館で同館所蔵の尾形光琳の国宝《紅白梅図屏風》が公開される。日本の春は光琳先生の2つの屏風がもたらしてくれるのである。

「国宝・燕子花図と藤花図、夏秋渓流図 光琳・応挙・其一をめぐる3章」展示より《燕子花図屏風》 ※展示室内撮影禁止。許可を得て撮影。

特に修復などで、無理でない限り、《燕子花図屏風》は例年、公開されるのだが、毎年、興味深いテーマを設定してあれこれ見せてくれるのでありがたい。2015年の光琳三百年忌の時には《紅白梅図屏風》と《燕子花図屏風》を同時に展示したり、2012年には《燕子花図屏風》の類似作品でニューヨークのメトロポリタン美術館が所蔵する《八橋図》(燕子花だけでなく、木の橋が描かれている)を並べて展示した。これにはシビレタ。

重要文化財 藤花図屏風(右隻) 円山応挙筆 6曲1双 紙本金地着色 日本・江戸時代 安永5年(1776)
重要文化財 藤花図屏風(右隻) 円山応挙筆 6曲1双 紙本金地着色 日本・江戸時代 安永5年(1776)

今年はというと、円山応挙の重要文化財《藤花図》と鈴木其一の重要文化財《夏秋渓流図》とともに展示されている。いずれも6曲1双の金屏風で根津美術館所蔵の文化財指定品である。そしてそれぞれ時代は違うものの、作者が40代のときに描いた作品なのだそうだ。3つの屏風にそれぞれ1章ずつをあて、関連する作品や同時に見るとますます興味が高まる作品を並べる巧みな展示をしてくれている。

重要文化財 夏秋渓流図屏風(右隻) 鈴木其一筆 6曲1双 紙本金地着色 日本・江戸時代 19世紀
重要文化財 夏秋渓流図屏風(右隻) 鈴木其一筆 6曲1双 紙本金地着色 日本・江戸時代 19世紀

さて、もう一つ。往年の切手収集少年にとっては、光琳の《燕子花図屏風》といえば、1970年に大阪で開催された「日本万国博覧会」の開幕記念の切手の一つがこの《燕子花図屏風》の図柄だったのだ。

「日本万国博覧会」の開幕記念の切手の一つがこの《燕子花図屏風》の図柄
発行日は1970年3月14日。万博の開幕は3月15日だったが、その日は日曜日で郵便局がお休みになるので前日の14日に発売されたのだろう。

あれから55年、現在また「EXPO 2025 大阪・関西万博」が開催中だ。そういうわけでほぼ毎年、本物の《燕子花図屏風》を見ているのだが、今年は万博の年ということで、この切手のことを思い出した。ちなみに、《燕子花図屏風》はこれのあと、2度、切手になっている。2011年、旅の風景シリーズ 第14集「東京 表参道周辺」で根津美術館の建物の切手と《燕子花図屏風》の切手、それぞれ額面80円、そしてもう1回は2017年の切手趣味週間でダイナミックな10枚綴りの1枚82円の切手になっている。6曲1双なのだから、12枚綴りにすればいいのに。

というわけで、根津美術館の館内で尾形光琳が300年以上前に描いた燕子花を見て、庭に出て、今年も咲き誇る燕子花を見ることにしよう。

根津美術館庭園内のカキツバタ
根津美術館庭園内のカキツバタ

財団創立85周年記念特別展
「国宝・燕子花図と藤花図、夏秋渓流図 光琳・応挙・其一をめぐる3章」

会期:2025年4月12 日(土)~5月11日(日)
場所:根津美術館(東京都港区南青山6-5-1)
休館日:毎週月曜。ただし4月28日(月)、5月5日(月・祝)、6日(振替休)は開館、5月7日(水)休館
開館時間:午前10:00~17:00。ただし、5月5日(月・祝)から11日(日)は19:00まで開館。(入館はいずれも閉館30分前まで)
入場料:オンライン日時指定予約 一般¥1,500

Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。

TEXT=鈴木芳雄

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