サーフィンやアメリカのカウンター・カルチャーからのインスピレーションをもとに「普通の人々」を描き続けるアーティスト・花井祐介。今年の1月に発売したNFTコレクション『People In The Place They Love』は、ローンチされた1000アイテムが半月ほどで完売した。そして現在、国内では5年ぶりとなる展覧会を「T&Y Projects」で開催している。今回の展示に込めた想いを本人に聞いた。全3回。【花井祐介インタビューVol.1「作品にタイトルは付けない」はこちら】
陶芸とのコラボレーションで、新たな表現を生み出した
絵画作品に加えて、今回の展覧会では花井の新しい試みである、陶工・野口悦史の手による陶器に絵付けした作品も展示されている。これまでのコラボレーションといえば、Tシャツやスニーカーあるいはギターなどをキャンバスにし、アメリカンテイストなアイテムが多かった。
種子島焼きをバックボーンにした土の素朴な表面に筆で直接描いた陶器の作品群は、花井の絵の新たな側面を引き出している。
「野口さんとは、もう10年以上前から仲良くしてたんです。そもそも最初は知り合いの美術画廊の人に、面白い陶芸家がいて、しかも彼もサーファーだから見に来なよって誘われたのが出会い。作品を見た後に飲みに行ったら、すぐに意気投合して、ウチに泊まりに来たりもして。会うたびに一緒に作品を作りたいねって、話はずっとしてたんだけど、お互い怠け者だからずっと話だけだった(笑)。それを今回の個展の企画者でもある、栗田さんが新作として展示に出してほしいとオファーがあって本腰入れて制作することになりました」
栗田裕一は、展覧会の会場でもあるT&Y Projectsのオーナーでもある。職業としてアートに携わっているわけではないものの、さまざまな側面から作家のサポートを行っている。花井もその一人だ。
「栗田さんとの出会いも本当にたまたまだったんです。BEAMSのサポートでハワイで展示をやったときにスタッフから、サーフィン好きな人がいるんだって紹介してもらったのが栗田さんだった。栗田さんの車でビーチに行き、栗田さんからサーフィンの板を借りて、栗田さんが知ってる地元の美味しい店でブランチを食べるって生活を2週間くらい続けたんだよね。2週間の滞在でまじめに仕事をしたのは、最初の1日と最後の1日だけだった(笑)」
そんな花井との奇跡的(?)な出会いをした栗田はどんな考えで、ビューイングスペースを運営しているのか。栗田は語る。
「僕もアートをコレクションしているけど、家に飾るのには限界がありますよね。量もそうだし、大きさ的な問題もある。コレクターの多くも同じ問題を抱えていて。せっかく作家が魂を込めて作り、素晴らしいと思って買った作品が倉庫のなかで半ば塩漬けにされてしまっていることほど、残念でもったいないことはないじゃないですか。海外のコレクターたちがコレクションしている作品を飾るためのビューイングルームを持っているのを見て、日本でもそういう場を作ろうとはじめたのが『T&Y Projects』なんです。ギャラリーと違うのは、作品を売るために展示をしてるわけじゃないんです。多くの人に本物を見てもらって、好きな作家を紹介することで少しでもその作家を世界に発信できる機会となれば、またその逆もしかり、世界にはまだ日本国内で紹介された事のない素晴らしい作家が沢山います。どちらのケースも『T&Y Projects』のフィルターを通し、世界との架け橋的な役割を果たせればと考えています。」
SNSやインターネットで作品を見ることができる時代だが、やはり実物を自分の眼で見て、解釈し蓄積していくことこそ、本当のアートの嗜みかたと言える。アートを楽しんでもらうためにも、「T&Y Projects」のような試みが広がっていってほしい。
話を新作の陶芸に戻そう。一見すると花井作品のなかで、かなり例外的なコラボレーションに見えたが、実は3人のサーフィン好きのなかから自然発生的生まれた、とても花井らしい作品という側面が浮かび上がってくる。
制作は、花井は栗田とともに、鹿児島の野口悦史の工房に赴き、3日間で集中的に行われた。
「主に絵付けをしたのは花瓶や壺。どれも独特の曲面をしていて、やっぱり描きづらい(笑)。特に初日は、絵がぐちゃぐちゃになって何個かをダメにしちゃいました。技術が足りないと言われたらそれまでだけど、“描きづらい”という制約から狙ってはできない、ヘタウマ的な予想外な味が出すことができて自分でも気に入ってるんです。ベン・シャーンみたいなグニャっとしていながら、美しい線だと思ってくれると嬉しいです」
今回の展示ではアダチ版画研究所で刷られた版画も展示されている。アダチ版画は浮世絵作品を多数復刻する版元だ。前述の種子島焼きとのコラボレーションとともに日本の伝統工芸とのコラボだ。花井流のジャポニスムかのようにも捉えることができるが――。
「それは深読みしすぎ(笑)。アダチ版画とのコラボレーションは僕の作品を販売してもらってる、GALLERY TARGETの方がやってみないかと言われて、二つ返事でお願いしただけで。歌麿や広重を刷ってる、本当に高い技術力を持っている工房だってことは知ってたんで、作ってくれるなら断る理由がないというか(笑)」
花井の版画作品は、大小さまざまな16枚の作品を立体的に組み上げられた独特な額装がされている。「作品が額で分けられていながらも、それぞれがすこしずつ関係していて、それでひとつの社会がなりたっているというイメージ」なのだそう。
それぞれの額が漫画のコマのような役割を果たしている見方もできれば、サーフィンの聖地でもあるサンフランシスコでうまれたアート・ムーブメント「ミッション・スクール」の一員たちが行った独特の展示方法との近似性もうかがえる。
「『ミッション・スクール』で重要な役割を果たしたバリー・マッギーが大好きで非常に影響されてます。10代のころは雑誌『リラックス』なんかを読んで育ったから、'90年代の西海岸のアートはやっぱり原体験のひとつですからね。バリーさんもサーファーなんですけど、あるときとあるビーチでサーフィンしているという噂を知人から聞いて、実際に押しかけたことがあって(笑)。そしたら、実際にいた! 話しかけるなり『お前らサーファーか! 俺の板貸してやるから乗れ!』って、いきなり憧れの人と一緒にサーフィンまでできることになってしまったんです(笑)。めちゃくちゃフランクで『(地名の)フジサワ!』って呼ばれたりしてね。それで僕らも調子に乗っちゃって、明日も行ってみようぜ、って行ってみるとまたバリーさんはサーフィンしてて。案の定ボードを借りて、一緒にやって(笑)。結局4日連続くらい、一緒にサーフィンしたのかな。翌年もまた押しかけて、図々しくボードを借りて一緒にサーフィンして。ストリートアートの超重要人物で憧れの作家であると同時に、いい意味で単なる先輩サーファーでもある(笑)」
花井はどっぷり浸かったサーフカルチャーのなかで、アーティストとして育てられたという意識も強く持っている。
「僕は美大にも行ってないし、ちゃんとした美術教育は一度も受けたことがない。たまたま地元のサーフコミュニティのなかで、バーやバンドマンからポスター描いてよって頼まれたりすることで、アーティストとしての力が身についていったと思ってます。だから、多くのものを僕が貰ったからこそ、再びコミュニティに還元していきたいんです。それこそサーファーの中から、新しいアーティストが出てきたらサポートしたいとか思ったりもするんだけど。僕がいつもサーフィンしてる鎌倉だと、アーティストになりたい子はおろか、サーフィンを始めたいって若い子も来なくて、いまでも地元のサーファーのなかでは一番後輩なんだよね(苦笑)」
■Vol.3は5月16日(月)公開予定
会期:~2022年6月11日まで
時間:12:00~18:00
定休日:日曜、月曜、祝日
場所:TERRADA ART COMPLEX Ⅱ
住所:品川区東品川1-32-8 4F T&Y Projects内
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