ART

2024.05.17

アンディ・ウォーホル「うまくいっている商売は一番最高のアート」の真意とは

世界のビジネスパーソンにとって、アートは共通の必須教養! 世界97カ国で経験を積んだ元外交官の山中俊之さんが、アートへの向き合い方を解説する『「アート」を知ると「世界」が読める』より、一部を抜粋してお届けします。

アンディ・ウォーホルが生み出した「大量生産できるアート」

現代アートのうち、アンディ・ウォーホルが打ち出したポップアートは、まさにアメリカの象徴です。2022年、マリリン・モンローの肖像画が1億9500万ドル(当時のレートで約250億円)という20世紀のアーティストとして最高額で落札されたことでも話題を呼びました。

映画スター、キャンベルスープ、コカ・コーラ。ウォーホルは大衆文化を象徴する作品で知られています。これまでのアートは“一点もの”のファインアート(大衆芸術や応用芸術とは区別される美自体に価値を見出す純粋芸術)ですが、ウォーホルの作品はシルクスクリーン(木枠に布を張り絵具を下の紙にす版画技法)。つまり同じモチーフを無限に繰り返したり、大量生産できるというこれまでになかった新しいアートで、その制作方法自体が大量生産・大量消費という資本主義の象徴でもあります。

アンディ・ウォーホル(Bernard Gotfryd, Public domain, via Wikimedia Commons)

私はウォーホルの作品を見ていると、こう問われているように感じます。

「ずっと未来永劫、こういう大量消費・大量生産していくんですか? それが本当に、人類社会にとっていいことですか?」と。

また、ポップアートの特徴である連続性に着目して、「何ごともこのように連続していくのですか?」という問いを投げかけられている気がします。無限にも見えるようで、実は人間の限界や無常観を提示しているかのようです。

アートのモチーフとしてあり得ないコカ・コーラを描いたことについて、ウォーホルは「大統領でもホームレスでもエリザベス・テーラーでもコーラを飲むし、誰が飲んでも同じ味なところがいい」と述べており、大量生産は平等化につながると見ていたのかもしれません。

「うまくいっている商売は一番最高のアート」

ウォーホルの平等意識は、シルクスクリーンの作品〈バーミンガムの人種暴動〉にも表れています。ウォーホル自身、東欧からの貧しい移民の家庭で育ち、差別や格差に敏感でした。

アメリカではブラック・ライブズ・マター運動以降、人々の間で黒人の尊厳について改めて問い直そうという動きが生まれています。その結果、多くの黒人アーティストが取り上げられるようにもなりました。

また、ウォーホルは20代の頃からゲイであることも公表しており、性的マイノリティに対する差別や偏見にも強い問題意識をもっていました。

大量消費社会への警鐘、差別や格差社会への批判……。ウォーホルには、単にポップなアートというだけでなく、21世紀の我々にも大きな問いを発している社会変革者の側面もあるのです。

イラストレーター出身のウォーホルは、アートのパトロンが富裕層から大衆とコマーシャリズムへ移っていく時代の波にも乗りました。

──ぼくは芸術(アート)を商売にする人(ビジネスマン)か商売の達人(ビジネス・アーティスト)というやつになりたかった。一番魅惑的なアートは、商売に長けていることだと思う。ヒッピーの時代には商売という考えを軽蔑した。“金は悪だ”とか“働くのは悪だ”とか言っていたけど、金をつくるのは技術だし、働くのも技術だし、うまくいっている商売は一番最高のアートだと思う

著書『ぼくの哲学』(落石八月月訳、新潮社)で述べているとおり、ウォーホルは商業主義そのものに見えますが、これを額面どおりに受け取っては、思索は深まりませんし、ウォーホルという複雑な人物を理解できないと思います。

ミリタリー調の〈自由の女神〉は、明るく自由なアメリカを描いているようで、この国が実は好戦的だと示唆している──このスタイルは彼の他のアートにもみてとれます。

それは“商業主義のスター”として大成功したことを謳歌しつつ、その虚しさを人一倍感じている屈折から来ているのかもしれません。

「アメリカという国は、どんな人でも、どんなものでもヒーローに仕立てようとする」

「誰もが15分なら有名になれる」

こうした言葉を残しているウォーホルは、お金になること、有名になることに価値が置かれる今の世の中を、いち早く感じ取っていたかのようです。SNS時代の先駆けのようにも思え、今の私たちを象徴するアーティストだと感じられます。

アメリカのアーティストは商業主義と結びつくようになり、たとえばシュルレアリスムのアーティストとして知られるマン・レイの写真は、広告や雑誌のために制作されたものが多数。シャネルのポートレイト、『ヴォーグ』に使われたファッションフォトなどは、私たちにも見覚えがあるものが少なくありません。

ウォーホルの作品は多く商品化され、本書を執筆している2024年、マリリン・モンローは1500円のユニクロのTシャツでも蠱惑的(こわくてき)な眼差しを向けています。商業主義アートはレプリカが廉価に量産されて一般の人たちに広まり、現代アートは世界の巨大マネーが動く投資の対象になっていく──この分かれ道の始まりに、ウォーホルやマン・レイがいるのです。

ビジネスパーソンにはアートを「世界経済を動かすもの」として見ていくことも、これからは必要だと思います。

この記事は幻冬舎plusからの転載です。
連載:「アート」を知ると「世界」が読める
山中俊之

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