ART
2024.05.12
シャガールが受けた「ユダヤ人差別が当たり前」の洗礼とは
世界のビジネスパーソンにとって、アートは共通の必須教養! 世界97ヵ国で経験を積んだ元外交官の山中俊之さんが、アートへの向き合い方を解説する『「アート」を知ると「世界」が読める』より、一部を抜粋してお届けします。
シャガールに見る、ユダヤ人アーティストの宿命
国境というのは人間の都合で変わります。大国同士のパワーゲームで新たに引かれたり消えたりするのは歴史を見れば明らかで、国家よりも宗教や民族のほうがより強固な“属性”と言える場合があります。
その意味で興味深いのは、ユダヤ人アーティストのマルク・シャガールです。
「一番好きな画家は?」と聞かれると、私はシャガールだと答えるのですが、第一の理由は、なんと言っても作品そのものの愛らしさ。第二の理由は、深い宗教性・哲学性です。

1887年生まれのシャガールは、かつて「ロシア出身のアーティスト」と呼ばれたこともありますが、正確に言えば帝政ロシア領ヴィテブスクのユダヤ人コミュニティで育ちました。
現在、その地域は数少ない“ロシアのお友だち国家”ベラルーシになっており、ユダヤ人は少数しか住んでいません。
シャガールはシュルレアリスムの幻想的なタッチで「愛」や「ユダヤの民族性と宗教」を繰り返し描いていますが、ビジネスパーソンが注目したいのは後者でしょう。
〈ダビデ王の夢〉は、ユダヤ人にとって理想の時代を描いたもので、苦難の中、ダビデ王の姿を見ることで希望を感じる人々の姿が描かれています。選ばれた民であるユダヤ人は、最後には神に救われるという信仰です。
ちなみにシュルレアリスムとは、1920年代にフランスで起こった「理性を超えた思考」を探究する運動で、「超現実、無意識」が重視されます。
逆にユダヤ人の困窮を見事に描いたのが、チューリヒ美術館所蔵の〈戦争〉。エルサレムを追われたユダヤ人はディアスポラ(民族離散)となり、ヨーロッパや地中海を中心に世界中に散らばりました。国をもたない民族は徐々に居住地域の民族に同化していくものですが、独自の文化を守り続けたユダヤ民族は、永遠に“ユダヤ人というよそ者”のまま。それゆえに苦い思いをしてきました。
日常的な差別ばかりか、陰謀論とセットで悪役にされるのも当たり前。たとえば14世紀にペストが蔓延した際には、「ユダヤ人が毒を撒いた」という流言飛語がウイルスのごとく伝染し、迫害された記録もあります。
災害、病苦、戦争など大きな苦難が訪れると「よそ者や弱そうな誰か」、もしくは「仮想の巨悪」のせいにして不安から逃れようとするのは、残念ながら人間の悪しき習性なのでしょう。
アートにこそ、この悪しき習性を乗り越える力があるのではないか。これは我がこととして考えたいテーマです。
帝政ロシア時代に育ったシャガールも、「ユダヤ人差別が当たり前」という社会の洗礼を受けています。ヴィテブスクにあったユダヤ人コミュニティに育ったので、ユダヤの文化を体験していました。伝統を守る素朴な暮らしは居心地がよく、だからシャガールは永遠に大切な故郷のモチーフを繰り返し描いているのでしょう。
しかし村を出れば話は別で、シャガールはサンクトペテルブルクの美術学校に進学することも難しかったほど。当時の帝政ロシアでは、ユダヤ人の移動や就学が制限されていたためです。
シャガールの才能は、その後移り住んだパリで開花しますが、第二次世界大戦でナチスの脅威が高まると、今度はアメリカに逃れることになります。つまり、ユダヤ民族のアイデンティティと苦しみは「聖書にある物語」ではなく、彼自身の人生でもあるのです。
だからこそ〈戦争〉は、幻想的な作品でありながら苦しみをストレートに訴えかけてきますし、白い牛はユダヤ教における救世主に見えます。
恋人たちを多く描くロマンティックな作風ゆえに、シャガールを見て愛についてイメージをふくらませるのもいいのですが、若くして亡くなった愛妻への思いだけでなく、実は宗教的な博愛も含まれています。
シャガールはフランスに定住して生涯を終えますが、どこに住もうとユダヤ人としてのアイデンティティを守り続けました。
シャガールの絵画には、東ヨーロッパからロシアのユダヤ人に特徴的なハシディズムの影響が見られると思います。ハシディズムは、瞑想的実践や個人的な宗教体験を重視するユダヤ教の神秘主義的な運動です。シャガールの魅力は、このような神秘主義的な要素に、ロシア的な複雑性がブレンドされたことにあると感じます。
虐げられる社会で、人類愛をもち続けられるのか? 少数派への差別や災害時の陰謀論はなぜ起こるのか? シャガールの世界に浸りつつ、現在の社会情勢を交えて考えてみてもいいのではないでしょうか。
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