新興の富裕層を巻き込み、かつてない白熱した落札が繰り広げられる時計オークション。この連載では、ジャンルは一切問わず、高級時計のトレンドを占う注目の時計をフォーカスする。第1回は、パテック フィリップ「ノーチラス Ref.5711/1A-018」を取り上げる。【連載 オークションから読む高級時計の行方】
腕時計史上歴代8位の落札額を樹立したSNS時代のステータスシンボル
新型コロナウィルスの影響下で高級時計を取り巻く環境は大きな変化を遂げた。時計市場のトレンドに大きな影響を与えるオークションハウスでの競売もこれまでになかった動きがあり、いまや高級時計は美術工芸品、あるいは金融商品として世間の関心を集め、かつてない熱狂を生んでいる。
これまで一大勢力を築いていたヴィンテージウォッチはやや落ち着いた傾向にあり(一部の人気モデルは除く)、わずかな期間で一気に主役に躍り出たのが、実用性に優れたラグジュアリーなスポーツウォッチにほかならない。このトレンドを読み解く上で無視することができない最重要モデルが、昨年末に突如発売されたパテック フィリップ「ノーチラス Ref.5711/1A-018」であろう。
パテック フィリップはオークションの世界でも数々の逸話を残しており、有名どころとしては、これまで二度にわたって出品されたニューヨークの銀行家ヘンリー・グレーブス Jr.の懐中時計「No.198.385」、腕時計史上最高落札額の約34億円で落札されたユニークピース「グランドマスター・チャイム Ref.6300A」などが挙がり、その実例は枚挙に遑(いとま)がない。これらの傑作と比較しても「ノーチラス Ref.5711/1A-018」は特筆に値する1本だと言えるだろう。
2021年12月6日、パテック フィリップはティファニーとの170年の提携を祝う記念モデルとして、「ノーチラス Ref.5711/1A-018」を発表した。今も昔も変わりなく、アメリカはパテック フィリップにとって最も重要なマーケットであり、ティファニーは公式の小売パートナーとして1851年以来、アメリカ市場におけるパテック フィリップの普及・発展に大きく貢献してきた。
両社の歴史的な繋がりを記したダブルスタンピングが文字盤に記されたパテック フィリップとティファニーとのWネームモデルは、これまで数多く展開されてきたのだが、「ノーチラス Ref.5711/1A-018」が異例中の異例である理由は、かの有名なティファニーブルーをダイヤルカラーに採用したことにあり、これはパテック フィリップ史上初の試みである。さらには、2021年で廃盤となるステンレススチール製の3針モデルRef.5711/1Aのフィナーレを飾る1本であったことが話題性に拍車をかけた。
販売される170本のうちの1本が、2021年12月11日、フィリップス・ニューヨークの時計オークションに出品された。予想落札価格の5万ドルを大きく上回る手数料込みで650万3500ドル、日本円で約7億4650万円で落札(落札時点のレートでUS1ドル=114.78円で換算)。この落札価格は腕時計史上歴代8位という驚異的な記録を打ち立てた。
ここで言うまでもないことだが、セカンダリーマーケットの相場とは、あくまでも需要と供給のバランスから成り立つもので、時計そのもののクオリティや希少性が一概に比例するわけではない。そのため、シンプルな3針が複雑機構を遥かに上回る価格になることもざらにあるわけだが、ここでの評価が時計の優劣を決定付けるものではない。
端的に言えば、「ノーチラス Ref.5711/1A-018」とは、SNS時代を象徴するラグジュアリーウォッチの代表格であり、誰もがひと目で分かるティファニーブルーの文字盤がインターネット上に拡散されたことで、限定170本のステンレス製のスポーツウォッチは一夜にして究極のステータスシンボルの仲間入りを果たしたのだ。
前作のオリーブグリーン・ソレイユ文字盤の「ノーチラス Ref.5711/1A-014」でも実証されているように、パテック フィリップの時計市場への影響力が計り知れないものがある。オークション史上にその名を残すモンスター級のスポーツウォッチの登場は、2022年の各社の新作発表や時計市場にどのような影響を及ぼすのだろうか。今後の動向に大いに注目したいところだ。
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パテック フィリップ ジャパン・インフォメーションセンター TEL:03-3255-8109