W杯制覇、アジアカップ初優勝、リーグ4連覇など数々の栄冠を手にした、サッカー日本代表DF・岩清水梓。結婚や出産、ケガを経て、2026年に現役を引退した、彼女の半生に迫る。第3回。

1986年岩手県生まれ。2003年、高校1年生で日テレ・東京ヴェルディベレーザに正式登録され、2006年には「なでしこジャパン」デビューを果たす。2011年、ドイツ女子ワールドカップの優勝メンバーに。2018年にはキャプテンとしてリーグ4連覇に貢献する。2025/26シーズンをもって引退し、男子も含めた東京ヴェルディの「クラブアンバサダー」に就任。
2015年カナダ女子W杯での惨敗
2011年ドイツ女子ワールドカップで優勝したのち、「なでしこジャパン」は世界の強豪へと変貌していた。2012年ロンドン五輪では決勝でアメリカに1-2と敗れたものの、日本代表の五輪サッカー最高成績3位を44年ぶりに更新した。さらに2014年にはアジアカップでも初優勝をなし遂げた。
2011年の歓喜から4年。岩清水梓は28歳になり、日テレ・ベレーザのキャプテンとしても、日本代表の守備の中心選手としても、押しも押されもしない選手になっていた。
迎えた2015年カナダ女子ワールドカップで、なでしこジャパンは再び決勝の舞台に立ち、またしてもアメリカと対峙した。岩清水は決勝でアメリカの選手と対峙したとき、それまでにない殺気を感じていた。
「2011年までは『あー日本ね、オッケー』みたいに舐めていた感じでした。が、あのときのアメリカは本気というか、目の色が違いましたね」
決勝戦のキックオフ直後、わずか3分。アメリカの意表を突いたグラウンダーのコーナーキックから、日本のゴールネットが揺らされた。遠くから走り込んできたのはカーリー・ロイド。ただ一人ブロックに入った岩清水のタックルは間に合わず、ゴールを許してしまった。
実はこの時、岩清水はロイドの不気味な動きを察知していたという。
「今だから言えますけど自分は感じていたんですよ……。カーリー・ロイドがすごく遠くにポジションを取っていたけれど、そこから絶対狙ってるなって。……思っていたんですけど、予想以上のスピードとパワーに勝てなかった」
コーナーキックの前にアメリカのトリックプレーを直感した岩清水は、味方に指示を出して対応しようとも考えた。しかし、声に出すことが出来なかった。
「もし、みんなに『ロイドが来る』と言えていたら対応が出来たかもしれません。でも、みんなに伝えるほどの確信じゃなかった。他の選手はやっぱりゴール前の選手を気にしていて、自分の考えは共有できなかった。それが悔しかったですね……」
失点の連鎖は止まらず、日本は前半だけで4点を奪われた。守備の要の岩清水は、失点のたびに責任を感じているようだった。そして前半33分、岩清水は無念の交代を告げられる。
結果は2-5の惨敗。順風満帆だった彼女のサッカー人生において、「こんなになる試合もあるんだ」と絶望し、すべての失点に絡んでしまったという自責の念に駆られるほどのキツい経験だった。
「交代のあと、佐々木則夫監督からはどうして代えたのかという説明はありませんでした。あとで記者の人から教えてもらったんです。監督が『岩清水にはショックがあったし、気の毒というか見ていられない』と、交代は人情だったって」
傷ついた心を前へ向かせた仲間たち
佐々木監督の心づかいに気付かないほど、岩清水はショックを受けてベンチで号泣していた。帰国後、心に大きな傷を負った彼女を救ったのは、長年所属してきた日テレ・ベレーザの仲間たちだった。
「ベレーザに帰って来たらみんな代表の話をしないんです。『おかえりー』と普通に接してくれた。そもそもベレーザの人たちは、代表だからと言ってチヤホヤもしないし、『代表で下手になっていたらポジションないよ』と、そんな感じのところですから(笑)。いい意味で代表の話をしないクラブなので」
もし他の選手たちが腫れ物に触るように接してくる環境だったら、彼女は立ち直れなかったかもしれない。厳しい競争がありながらも、他人の足を引っ張らないベレーザの日常が、傷ついた彼女を自然と前へ向かせたのだ。
その後、彼女はキャプテンとしてベレーザの躍進を支えた。2018年にはリーグ4連覇に貢献。2019年に結婚と妊娠を発表し、2020年に出産したのち、2021年リーグ戦に戻ってきた。復帰後は度重なるケガに悩まされ、全治8カ月という左膝前十字靱帯損傷も経験したが、それでも挫けることはなかった。
それでも選手には引退の日がやってくる。岩清水は40歳を前にした2025/26シーズンをもって、ついにスパイクを脱ぐ決断を下した。
最後のリーグ戦となった2026年5月16日のアルビレックス新潟レディース戦、岩清水はシーズンで初めて先発する。1-1で迎えた73分、味方がPKを獲得し、岩清水がキッカーとして監督に指名された。岩清水はしっかりと左上に決めて、ベレーザがリードを奪う。そしてこれが決勝点になった。
81分、岩清水はお役御免で交代となった。ピッチを出ていこうとする岩清水の前に、両チームの選手が集まって花道を作る。日本女子サッカーの歴史に名を残した名選手に対する敬意の現れだった。その光景に観客も大きな拍手を贈っていた。
ピッチ外からサッカー界に貢献したい
そして新シーズンが始まった今、彼女は違和感を抱いている。
「小学校で始めてこのかた、サッカーを辞めたことのない人生だったので、『現役じゃなくなった人生って、どうなるんだろう』と思っていたんです。シーズンオフが明けて、引退するというのはこういうことだと感じています。練習に参加しないし、毎日ボールを蹴っていたのに蹴る機会がなくなりました」
ただし、岩清水はボールを蹴らなくなってもサッカーから離れようとは思っていない。「サッカーに対して持ってる熱量を上回る何かが出てきたら辞めるんでしょうが、私は熱がまだあるんです」と決して衰えない情熱を語る。
引退後、彼女はベレーザだけでなく、男子も含めた東京ヴェルディの「クラブアンバサダー」に就任して様々な活動を予定している。「WEリーグ側とも絡んでリーグの様々なことを学んでいきたいし、リーグに選手目線も伝えたい」と意欲を見せる。
「これからはサッカーにピッチの外から貢献できるようにやっていかなければいけないと思っています。今まで選手だったからピッチの外側は見えないことだらけでした。これからそれを勉強して、ピッチ外でしかできないことをやりたいし、やりたいビジョンもあります」
活発な彼女らしく、さっそく様々な活動をしている。9月24日には日本代表vsウルグアイに先立ち開催された「MIYAGI FUTURE U-15」の試合で元Jリーガーに混じってプレーも披露した。かつて日本を世界一に導いた判断力が、今後はきっと日本のサッカーをさらなる高みに導いてくれることだろう。

