18歳にして名門アーセナルの一員となった宮市亮は、度重なる大ケガを乗り越え、10年ぶりの日本代表の舞台へ。そして再び大ケガ。だが、彼は立ち上り“過去最高の自分”へ向けて走りだした。あの涙のインタビューから2年、宮市を直撃した。後編。前編はコチラ

求められる現代サッカーへのアジャスト
今、サッカーは“高速化”と“高強度化”の一途をたどっている。
戦術的な進化は組織としての守備力を飛躍的に高め、それを崩してゴールを奪うためには“相手の組織が整う前”に攻める必要がある。だから激しくボールを追い、身体をぶつけてミスを誘い、奪ったら相手ゴールに向かって速く仕掛ける。スピードとバワー、そしてスタミナに比例する集中力の高さは、現代サッカーに必須とされるアスリート能力のひとつだ。
必然的に、“若さ”は絶対的な価値となる。
2025シーズンの横浜F・マリノスにおいて、32歳の宮市はGKを除くフィールドプレーヤーの中では上から2番目。つまりベテラン中のベテランである。それでいてスピードに強いこだわりを持ち、それを武器とするところに宮市亮の魅力がある。
「2年前のインタビュー時とは、表情がちょっと違う気がする」
年輪を重ねたというポジティブな意味を込めてそう伝えると、本人は照れくさそうに笑った。
「いやいやいや、ただ単に歳を取っただけという感じです。その実感はちゃんとあるんですよね。こないだ32歳の誕生日だったんですけど、『俺ってめっちゃベテランじゃん」と」
そのタレントの充実ぶりから、かつて「プラチナ世代」と称された1992年度生まれの選手たちの多くが今、キャリアの円熟期を迎えている。
日本代表キャプテンの遠藤航(リヴァプール)も、同じ快速ウイングとして鳴らす伊東純也(スタッド・ランス)も、2024シーズンのJ1リーグMVPである武藤嘉紀(ヴィッセル神戸)も、“天才”宇佐美貴史(ガンバ大阪)も同学年だ。彼らは皆、30歳を過ぎてなお、この高速化と高強度化の時代に自分をアジャストさせ、その存在価値を誇示してきた。“組織”に溶け込みながら、それぞれの個性を輝かせてきた。
宮市もまた、その挑戦をクリアしなければならない。

僕は、チームを機能させる個でありたい
多くの“決定機”と向き合った2024シーズン、それによって頭の中ではっきりと整理されたことがある。
「自分の力や個性を表現するためには“結果”が必要で、攻撃的なポジションでプレーする選手にとってはやっぱりゴールやアシストの価値が大きいじゃないですか。でも、それって強く求めたら得られるものじゃなくて、結局は自分自身のためじゃなく、どこまで本気で“チームのために”と思えるかどうかが大事だと思っていて」
ゴールは最後に“誰か”が決めるものだ。しかしそのチャンスを作るのは“誰か”ではなく“チーム”であり、だからこそ、チームがはっきりとした狙いを持って行動し、全員が同じ意識、同じイメージを共有して戦う必要がある。
宮市にとって、それを完全に体現したのがJ1リーグを制した2022シーズンの横浜F・マリノスだった。
「あのチームは本当にすごかった。試合に出られないベテラン選手がどんな時でもチームのために行動して、試合に出ている選手はその選手に恥じないプレーをする。チームの状態がいい時と悪い時の大きな違いは、そこにあると思っているんです。横浜F・マリノスに来て4年。このチームが大好きだからこそ、もう一度あの感覚を取り戻したい。そのための力になりたい」
その年、そのチームに所属しているとはいえ、プロサッカー選手はあくまで個人事業主だ。他の誰かではなく、自分自身の価値を示せなければ明日の所属チームはない。それでも、個の利益よりチームの利益を優先できるのか。そう問いかけた。
「はい。迷いなくチームと言い切れます。僕はそれを機能させる個でありたいし、その気持ちは、年々どんどん大きくなってますね」

1992年生まれ。中京大学中京高3年時にイングランドの名門クラブ、アーセナルと契約。爆発的なスピードを駆使したドリブル突破を武器とするタレントとして大きな期待を集めた。度重なるケガと向き合いながら欧州の舞台で約10年プレーし、2021年7月に横浜F・マリノスに加入。2022年7月に日本代表復帰を果たした。
勝つための最善策なら受け入れられる
宮市との会話は、ここから「個と組織のバランス」をテーマに進んだ。
――同じポジションを争うチームメートとどう向き合う?
「ライバル心みたいなものは、まったくないです。これは本心で、まったくない。その選手に対しては心から『うまくなってほしい』と思っているし、監督がその選手を選んだとしても嫉妬心はない。自分はやれることをやって、選ばれることを待つだけですよね」
――それでは自分自身の力を示せない。
「もしそうだとしても、自分の力が足りないだけなので。変えられるのは他人じゃなくて自分だけだから、そういう意味では人のことを気にしていない。自分を変えて、チームに貢献できるようになるしかないと思うんです」
――それでも比較してしまう。「自分のほうがうまいのに」と。
「まさにそこで『チームのために』と本気で思えるかどうかが問われると思っていて。試合に出るか出ないかを決めるのは僕じゃない。それは監督の仕事。もちろん100%で個としての自分をアピールするけど、それさえ『自分のため』じゃなく『チームのため』じゃなきゃいけないと思っていて。同じポジションを争っている選手が監督に選ばれたのなら、そいつがピッチに立つことでチームが良くなると監督が判断するなら、それに対して少しの違和感もなく受け入れられるし、背中を押せます」
――そこまで割り切れるのは、どうして?
「チームが勝つことがベストだから。勝つための最善策なら受け入れられるから。それから、本気で『チームのために』と思っている選手には、必ずチャンスがめぐってくると思っていて。あとは、それを掴むかどうかの問題ですよね。チームが勝つために必要としているものって、ポジティブなエネルギーだけだと思うんですよ。だから、自分の感情を優先してチームに少しでもネガティブな感情を向けるなんて、僕の中ではあり得ない」
――カウンターで裏に抜けたビッグチャンス。GKと1対1。自分で決めたらヒーローになれる。でも左を見ると並走するチームメートがいる。どうする?
「1%でも確率が高いと感じたら、俺は迷わずパスを出しますね」
――「自分で勝負しろ」という意見もあると思う。
「わかります。でも、自分がしっくり来る感覚や考え方でプレーすることがその選手にとってのベストだと思うんです。海外でプレーしていた頃は自分でゴールを決めないと評価されないし、生き残れないと思っていました。だから自分で決めにいきました。でも、サッカーの本質ってそうじゃないよなと、日本に来て、横浜F・マリノスで学ばせてもらったんです。サッカーって、たぶん、どこまでいってもチームスポーツなんですよ。今の僕はそう考えているから、確率が高いなら絶対にパスを出します」
スピードを捨てたら、宮市亮じゃない
チームに対するスタンス、あるいはサッカーそのものに対する宮市のスタンスは揺るぎない。
幼い頃からアタッカーとしてプレーし、快速を飛ばしていくつものゴールを演出し、自らもまた決めてきた。10代の頃はずっとチームの中心にいたからこそ「俺が取らなきゃ」と思っていたし、舞台を海外に移してからは「俺が決めてやる」という気概とともにピッチに立った。
「でも、それって、よく考えたら“ゴール以前”のところを完全に無視してますよね」
苦笑いを浮かべて言葉を続ける。
「ゴールにはアシストがある。その前にもパスがある。さらにその前には身体を張って守ってくれたチームメートもいる。『1人で取るもんじゃない』とめっちゃ強く思うんですよ。だからこそ、チームメートといい関係を築いて、互いが信頼し合っているチームほど勝利に近い。そういう状態のチームって、結局、回り回って個に返ってくるじゃないですか。チャンスが」
32歳。フィールドプレーヤーで上から2番目のベテラン選手として、その姿勢をはっきりと示したい。
「間違いないですね。それしかない。単純な話、ゴールが決まったら誰よりも喜ぶ。ベンチだろうがベンチ外だろうが、チームの勝利を誰よりも強く願う。それって、簡単なようでそうじゃないんですよ。だからこそ、僕はそれをやりきった先輩たちの姿を見てカッコいいと思ったし、自分もそうあるべきと思った。だから、僕もそれをやります。なぜなら、それが勝つための最善策だと思っているから」
“いいチーム”を作ったら、回り回って個にチャンスがめぐってくる。その時、宮市亮は何を見せるのか。
もしかしたら、まだ速く走れるかもしれませんよ――。
2年前の言葉が、また鮮やかに蘇る。
「今もまだ、あの時の感情のまま、まったく変わっていないというのが正直なところです。自分のキャリアにおいて、あのケガ、あの出来事はものすごく大きなターニングポイントになっていて、その経験を糧にして、それだけを原動力にしてこの2年やってきました」
スピードという個で、チームの勝利に貢献する。
「そうでありたいし、やっぱり、それを捨てたら宮市亮じゃないと思うところがあって。自分はこれで育って、これでプロになった人間なので、スピードに対するこだわりだけは意外と強いんですよ。だって、いまだに『速い』と言われるのが一番嬉しいですから(笑)。そういう存在であり続けたいですね。何歳になっても」
