2024年9月6日に先行公開される映画『ぼくのお日さま』。今回、本作の監督・撮影・脚本・編集を務めた奥山大史さん、スケートコーチの荒川を演じる俳優・池松壮亮さんにインタビューした。全3回の第2回は奥山監督の作り出す世界に俳優としてどのように向き合ったのか、そして奥山監督がこだわった荒川コーチの自宅について。#1
声に出さない声が浮かび上がってくる
――奥山監督の余白を活かした構図の作り方は、演じる方にはどのような作用がありますか。
池松 本作の余白について、現代主流となっている映画作りとは違うアプローチだったと思います。演じる側としては、与えられた余白をどう埋めていくべきか、またはもし埋まらなかったらどうしようという不安がありました。ですが、あらかじめ決められたことをきっちりと計算通りに撮ることが映画の全てではなく、その余白に登場人物たちから自然と生まれてくる感情や言葉、物語の機微がうまく映ってくればきっと素晴らしいものになるということは分かっていました。
例えば、タクヤとさくらとのスケートの練習風景において、特別なストーリーがあるわけでも、3人が会話によって物語を進めていくわけでもありません。脚本やセリフ先行ではない余白があることで生まれた豊かなものが各シーンにあります。俳優たちがそこにいて、身体があって息をしている、そしてそれぞれの身体から発する感情の余白でスクリーンの余白を埋めていく。そうすることで彼らの声にならない声が浮かび上がってくることを目指したいと思っていました。
――奥山監督は、夫婦デュオのハンバートハンバートが2014年に発表した吃音を題材とする「ぼくのお日さま」という曲にインスパイアされて物語を作っていて、タクヤは吃音という設定です。思っていることを言葉ではうまく伝えられないタクヤですが、スケートでの練習風景を見ていると、たしかに池松さんが言うように言葉にしない感情が愛おしいほど伝わってきます。池松さんはコーチ役で滑っていますが、準備はかなり大変だったのではないですか。
池松 撮影の半年前から週1回スケートリンクに通い、夏から冬の撮影までの間、練習を重ねました。同時に、教えていただくコーチの内面からたくさんのヒントを頂きました。皆さんほんとに熱心に辛抱強く教えてくださいました。そこには選手を経てコーチとなった方々特有の、教えるという行為の中に自分の一部を託すようなものが感じられました。僕の演じた荒川も、競技選手を経てコーチに転向した設定で、一度何かを諦めてしまった人として描かれています。そこには諦めと未来への関心、自身のセクシャリティから起こる迷いや抑制、様々な矛盾があり、そうした複雑さゆえの彼の沈黙が、なにかを語っているように見えることを目指していました。
家具、絨毯、灰皿まで、徹底的にこだわった荒川の部屋
――自分の身の上を自ら明かさない人であると同時に、映画の構成としても、中盤くらいまで荒川コーチがどういう人で、どういう生活を送っているのかがよくわかりません。映画では、彼の部屋での居場所をちょっとづつ拡大させて見せていくことで、私生活が見えてくるようになっています。
奥山 実は荒川先生のアパート選びはロケハンの段階で悩みましたし、正直に言うと、北海道で撮影できる範囲内で空いている部屋がここしかないですということで、納得しきれていない場所に決まったんです。まだ粘ろうとしましたが、撮影までの準備を踏まえると、いま決めないと間に合わなくなる、と。でも、本当にそこで撮って良いシーンになるのか北海道から帰ってきて不安になってしまって、プロデューサーに何度も電話して、『本当に大丈夫ですか?』って聞いたくらいで(苦笑)。
美術は以前からファンだった安宅紀史さん(※『スパイの妻』『さかなのこ』『違国日記』など)にお願いしていたんです。プロデューサーが何度か安宅さんと一緒にやったことある方で、『安宅さんがいけるって言ってるですよね?なら大丈夫だと思いますが聞いてみます』と言ってくれて。その日のうちに、安宅さんから電話がかかってきて、自分の思いや不安を伝えました。
そうしたら、荒川先生の部屋のプランをとても熱量込めて作ってくださった。事前の打ち合わせでは、どこにどういう家具や家電を配置して、その上にはどういう物を並べて、彼が一緒に暮らしている人とのベッドをどこにおいて、どのシーンでそれを見せるか、壁とか区切りをつけると空間として狭まっちゃうから、部屋にカーテンを吊って、全体像を一気に見せずに、徐々に見せていくプランを提示されて、僕が悩んでいたことがひとつひとつ解消されていった瞬間でした。
実際に美術が運び込まれた撮影現場を訪れた時には、『この部屋、本当に俺がロケハンで行った場所!?』っていうくらい、素晴らしい部屋が出来上がっていたんですよ。
後半、池松さんがタバコを吸いながら、ベランダから町を一望する場面があるんですけど、その撮影のとき、すでに中の家具が全部撤収されていて、部屋の中はもぬけの空になっていたんです。こないだまで荒川コーチの生活の気配がたしかにあったのに、消えちゃっていて、やっぱり、どう考えても同じ場所とは思えませんでした。今回、初めてキャラクターシートとして、登場人物の自己紹介文を前もって書いてキャスト、スタッフの皆さんにお渡ししたのですが、それを反映して、灰皿ひとつにどんなデザインのものを使うのかまで考えてくださっていて、部屋の雰囲気作り全てが絶妙でしたね。
池松 非常に温かみがある部屋なのに、同時に空虚さも同居している空間だなと感じました。今作に向けた奥山さんのノスタルジーな感覚が、部屋だけでなく各ロケーションに見事に感じられて素晴らしいなと思っていました。
次回(9月8日公開)は、本作でも描いた子どものこと、そして2024年5月にフランスで開催されたカンヌ国際映画祭での作品への反響について。
奥山大史/Hiroshi Okuyama
1996年東京都生まれ。SIX所属。青山学院大学在学中に初の長編監督作『僕はイエス様が嫌い』を制作、第66回サンセバスチャン国際映画祭の最優秀新人監督賞を史上最年少の22歳で受賞した。その後も、2021年にエルメスのドキュメンタリーフィルム『HUMAN ODYSSEY―それは、創造を巡る旅。―』の総監督を務め、2022年にNetflixシリーズ『舞妓さんちのまかないさん』、2024年に『ユーミンストーリーズ』などの演出も担当している。米津玄師の「地球儀」などのミュージックビデオの制作も手がけている。
池松壮亮/Sosuke Ikematsu
1990年福岡県生まれ。2003年に『ラスト サムライ』で映画デビュー。その後数々の作品に出演。2014年に出演した『紙の月』、『ぼくたちの家族』他で、多数の助演男優賞を受賞。その後も2017年『夜空はいつでも最高密度の青色だ』、2018年『斬、』、2019年『宮本から君へ』の各作品で主演男優賞を多数受賞。近作に2022年『ちょっと思い出しただけ』、2023年『シン・仮面ライダー』、『せかいのおきく』、『白鍵と黒鍵の間に』他。第74回芸術選奨文部科学大臣賞新人賞を受賞。2024年は9月27日から『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』、11月8日から『本心』が公開予定。