2024年9月6日に先行公開される映画『ぼくのお日さま』。今回、本作の監督・撮影・脚本・編集を務めた奥山大史さん、スケートコーチの荒川を演じる俳優・池松壮亮さんにインタビューした。全3回の第1回は『ぼくのお日さま』が誕生したきっかけについて。
2024年5月にフランスで開催されたカンヌ国際映画祭「ある視点」部⾨に長編二作目となる『ぼくのお日さま』が正式招待され、国際的に注目を集める奥山大史監督。前作の長編デビュー作『僕はイエス様が嫌い』(2019年)は大学在学中に制作した作品で、当時22歳にして史上最年少で第 66 回サンセバスチャン国際映画祭の最優秀新⼈監督賞を受賞している。
本作は、その独特の映像スタイルに魅力を感じていたという、俳優・池松壮亮さんを主役に迎え、ある北国の田舎町を舞台に、東京から来たスケートコーチ荒川(池松壮亮)と、彼の指導を受けることとなった小学6年生の男の子と中学1年生の女の子の交流を描いたものである。
初雪から雪解けまでの短いウィンターシーズンを通し、子どもが家族以外の第三の大人との出会い、初恋、人を好きになるということを知ることで成長し、無垢なだけではない感情や表情をも身に付けていく。
奥山監督と池松さんが綴った小さな恋の物語が世界へ出ていくまでの行程を聞いた。
初雪から雪解けまでの少年の成長を描く
――ファーストシーン、小学校6年生のタクヤ(越⼭敬達)がその年、始めての初雪に目を留め、落ちてくる淡雪に魅入る光景から物語は始まります。ただ、それは野球の練習試合中の出来事で、試合中に初雪に感動して立ち尽くすという行為はコーチに叱られる行動となります。ウィンターシーズンになると野球部はアイスホッケーチームへと様変わりしますが、タクヤはそこでも団体競技への適応がないことが示されます。吃音があるタクヤの意思はなかなかチームメートには伝わりません。彼はホモソーシャルな色の強い団体スポーツにマッチしていないズレが描かれますが、これは奥山監督の実体験に基づきますか。
奥山 僕は小学生のときに、姉がフィギュアスケートの競技選手を目指していたので、一緒にスケートリンクに通って7年ほど習っていました。当時は羽生結弦選手が出てくる前で、浅田真央選手も世に出る前夜。髙橋大輔選手が頑張って活躍し出しているという時期で、競技人口が多いスポーツではありませんでした。
同じスケートリンクで活動しているホッケーチームに仲の良い友達がいたんですけど、基本的に練習時間は分かれていた。ただ一般滑走の時間になるとフィギュアをやっている子と、ホッケーをやっている子が混ざりあって、誤ってぶつかったりして、その際にコミュニケーションが多少生まれる感覚が記憶の断片としてうっすら頭に残っています。
別にチームスポーツがホモソーシャルな集まりだと言いたいわけではなく、向こうからすると、フィギュアスケートをしている男子は好奇の目で見られがちで、ちょっと壁がある感じ。馬鹿にされているわけじゃないですが、独特の距離感みたいなのがあったのは確かで、 それは映画にするときも意識していたかもしれません。
――奥山監督自身は、少年期、初雪の美しさに立ち尽くすような感性の持ち主だったのでしょうか。
奥山 こういう映画を撮ったので、海外の取材では、北海道生まれかと聞かれたりしましたが、全然そうではなくて。東京で生まれ育ったので、珍しく雪が積もった時に大喜びしている写真が残っています。当時の記憶を映像に残せたらいいなっていうのは、本作のきっかけの1つとしてありました。
また僕はカメラマンとして余白を作るのがすごく好きなんですけど、雪が積もると同じ景色を切り取っても、情報量がグッと減って、余白が作れます。そしてシンメトリーにもしやすい。
今作はそれらを活かして、雪が降り始めることで、ひとりの少年の物語が動き出して、雪がとけていくと同時に、少年が冬の間に育んだ人間関係もほどけていく映画にしたいっていうのは、最初の企画書の段階から書いていたことです。
池松壮亮が感じた奥山大史監督の魅力
――池松さんにお聞きしますが、今作での取り組みの前に、池松さんの方から奥山さんを指名する企画があったそうですね。決め手はなんだったのでしょうか。
池松 長編デビュー作である『僕はイエス様が嫌い』を拝見していました。その後の映画以外の活動も拝見し、とても気になる存在でした。まだ20代とは思えない、成熟した感性とセンスをお持ちだなと感じていました。ある時、とあるプロデューサーの方から映画の企画の話をいただき、監督はこれからの人が良くて、海外との合作で作りたくて、今作に合う人はいないかなという相談を受け、色んな方を考えて、奥山さんがいいと思いますと伝えました。その企画を持ってプロデューサーと会いに行ったのが最初の出会いです。
その実現しなかった企画については、直感的に奥山さんに合うのではないかと思ったことが全てですが、奥山さんの魅力はたくさんあると思っていて、何よりカメラを通したまなざしがとても優しい。ありふれたものではなく、痛みや苦しみも伴った温かい優しさです。作品に、芯にピュアなものが宿る、または宿す力が強いなと思っています。カメラを通してこの世界を見つめる視座を、この歳でこれだけ明確に表現することは容易いことではないと思いますし、表現において何よりも強い、純粋さを掴み取る感覚を持っているのは天性のものなのかなと思っています。
――池松さんが指摘されたことがよくわかるシーンがあります。タクヤはアイスホッケーの練習に行く度、フィギュアスケートのレッスンに打ち込むさくら(中西希亜良)という少女に見惚れるようになります。さくらのコーチである荒川はタクヤの淡い恋心に気づき、さくらのパートナーとしてフィギュアスケートへと誘います。この3人のスケートリンクでの練習の風景が、常に光に包まれ、とても優しい風景であるのに、ある出来事をきっかけに、同じリンクが霊安室のように冷たく見える場所へと転換します。
奥山 それは照明の力ですよね。
池松 脚本には光については当然書かれていません。ですがシーンの転調にはっきりとした意志を感じ、しっかりとイメージする映像があるんだなと安心できました。
奥山 たしか、日本にはスケートリンクは120ほどあって、僕が子どもの頃に通っていた新横浜や明治神宮外苑のスケートリンクもそうなんですが、だいたいは窓がなくて、蛍光灯のフラットな光なんですね。外から日光が入るようなリンクはかなり限られていて、3箇所しかない。その中でこの映画の世界観に合うリンクをロケ地に選びました。
理由としては、屋内であろうと屋外であろうと、昼であれ、夜であれ、タイトル通り、お日さまの光を感じさせるものであってほしかったから。そもそも、氷を溶かすことをなるべく避けるスケートリンクに直射日光が差すってありえないんですけど、光の演出は一種の寓話性を持たせたいという思いがありました。
照明の西ヶ谷弘樹さんとはこれまでCMやMVなどの現場で組んできて、今回、西ヶ谷さんにとって初の映画作品になります。子役の二人の撮影が20時までなので、その後に、翌日以降のシーンに合わせた照明を作り込んでくれて、事前に見せて話し合う時間を設けてくれることも少なくありませんでした。
次回(9月7日公開)は、池松さんが奥山監督の作り出す世界に俳優としてどのように向き合ったのか、そして奥山監督がこだわった荒川コーチの自宅についてお届けする。
奥山大史/Hiroshi Okuyama
1996年東京都生まれ。SIX所属。青山学院大学在学中に初の長編監督作『僕はイエス様が嫌い』を制作、第66回サンセバスチャン国際映画祭の最優秀新人監督賞を史上最年少の22歳で受賞した。その後も、2021年にエルメスのドキュメンタリーフィルム『HUMAN ODYSSEY―それは、創造を巡る旅。―』の総監督を務め、2022年にNetflixシリーズ『舞妓さんちのまかないさん』、2024年に『ユーミンストーリーズ』などの演出も担当している。米津玄師の「地球儀」などのミュージックビデオの制作も手がけている。
池松壮亮/Sosuke Ikematsu
1990年福岡県生まれ。2003年に『ラスト サムライ』で映画デビュー。その後数々の作品に出演。2014年に出演した『紙の月』、『ぼくたちの家族』他で、多数の助演男優賞を受賞。その後も2017年『夜空はいつでも最高密度の青色だ』、2018年『斬、』、2019年『宮本から君へ』の各作品で主演男優賞を多数受賞。近作に2022年『ちょっと思い出しただけ』、2023年『シン・仮面ライダー』、『せかいのおきく』、『白鍵と黒鍵の間に』他。第74回芸術選奨文部科学大臣賞新人賞を受賞。2024年は9月27日から『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』、11月8日から『本心』が公開予定。