世界中を自分のステージにして演奏するピアニスト、上原ひろみが新作をリリースした。なぜ彼女はパワフルに活動し続けられるのだろうか。
自分自身が興奮し続けたい。異常な欲求がずっとある
「私にはピアノしかありません。ピアノにだけは、自分でも異常だと感じるほどの情熱、欲求、好奇心が湧きます。熱は尽きることがないですね」
世界中を自分のステージにして演奏するピアニスト、上原ひろみが新作をリリースした。
アルバムタイトルは『Sonicwonderland』。ジャズ、ラテン、テクノ……。1枚であらゆる音楽を楽しめるアルバムだ。
「コアなメンバーはドラムス、ベース、トランペット、そしてピアノとキーボードを弾く私を含めた4人の編成。バンド音楽の旅をしたような作品です」
発案したのは2016年だった。当時上原はトリオで世界を回っていたが、ベーシストが体調を崩し、今作に参加しているアドリアン・フェローにピンチヒッターを頼んだ。
「アドリアンはソロ演奏の素晴らしさで世界的に知られるベーシストですが、バッキングも抜群でした。メンバーの音に敏感に反応して、バンド全員の演奏を光らせることができます」
上原はアドリアンがベースを演奏する前提で作曲を始め、ドラマーやトランペット奏者も探した。そんな、メンバーを探す旅をモチーフにしたのが1曲目の「ウォンテッド」だ。
「当時はハープ奏者とのデュオやソロピアノが控えていて、やがて世界的なパンデミックで音楽活動が制限されました。今回のバンドでリハーサルを行ったのは2023年の5月です」
リハーサルのためにニューヨークにバンドが集結した時には、上原の頭のなかではすでに4人で演奏する音が鳴っていた。ところが、そのイメージをはるかに超えた音楽がスタジオで実現。胸が震えた。
「タイトル曲の『ソニックワンダーランド』をはじめ、作曲した私自身が興奮して冷めやらない演奏でした。リハ後の食事の席でも、話が止まらず、自分を抑えられませんでした。あの日は脳が覚醒して、深夜まで眠れなかったほどです」
アメリカのジャズ系のレーベルと契約している上原だが、音楽はバリエーション豊か。今作はバンドサウンドで、そのなかの一曲はゲストボーカルを招いている。とても情緒的な「レミニセンス」だ。
2023年は、ジャズをテーマにしたアニメ映画『BLUE GIANT』のサウンドトラックも手がけた。その前は、クラシック系の音楽家たちとのピアノ・クインテット。バイオリン、ビオラ、チェロと組んだ。さらに前は、ソロピアノだった。
次はどんな音楽を聴くことができるか――。リスナーは毎回ワクワクさせられる。
「アルバムごとにテイストを変えようという意識は、特にはないですね。毎回純粋にやりたい音楽をやっている結果、いろいろなアルバムになりました」
ブームを意識したり、マーケットを想定したりして作品をつくることもないという。
「自分がつくりたい音楽をつくり、演奏しています。私の頭のなかには“やりたいことリスト”が山ほどあって、それをひとつずつ実現している感覚。
子供のころ、若いころは、他にもやりたいことがたくさんありました。でも、徐々に絞られていって、今は音楽。音楽だけはやりたい欲求が尽きないどころか、増すばかりです。
自分が最高と思える音を生み、自分が生んだ音に自分自身が興奮し続けたい」
そのために、ありとあらゆる努力を行っている。「Hungry to learn――と、海外のメディアのインタビューでよく言っています。『Sonicwonderland』もそうでしたが、魅力ある音楽、魅力あるミュージシャンを世界中で探し求めています」
上原ひろみ/ Hiromi Uehara
ピアニスト
1979年静岡県生まれ。2003年に米メジャーレーベルから『アナザー・マインド』で世界デビュー。2011年に『スタンリー・クラーク・バンド フィーチャリング上原ひろみ』で第53回グラミー賞「ベスト・コンテンポラリー・ジャズ・アルバム」賞を受賞。2023年11月から4人編成の新バンド、Hiromi’s Sonicwonderでジャパン・ツアーを行う予定。