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2023.11.15

「どっちが正しいかではなく、選んだ道を正しいものに」世界が注目するデザイナー・進美影の母の教え

26歳で一般企業を辞め、アメリカのパーソンズ美術大学に入学。自身のブランド「MIKAGE SHIN」を立ち上げ、NYやパリのファッションウィークにコレクションを発表してきた進美影に、デザインの本質や“ダイバーシティ”の意義について聞いたインタビュー2回目。【1回目はコチラ】■連載「NEXT GENERATIONS」とは

進 美影/Mikage Shin
1991年東京都生まれ。早稲田大学卒業後、一般企業に入社。退社後、2017年にNYのパーソンズ美術大学に入学し、New York Fashion WeekやParis Fashion Weekなどで、自身のコレクションを発表。日本だけでなく「VOGUE ITALIA」や「ELLE」など、海外のメディアにも多数取り上げられる。

シングルマザーで実業家だった母親の後ろ姿

「多くの女性をエンパワーメントするような服を作りたい」

かつて一般企業に勤めていた進美影は、そんなファッションに対する想いから、26歳でNYのパーソンズ美術大学に入学。その独創的なデザインやスタイルで、欧州のファッション業界から大きな注目を集めた。

そんな進が、デザイナーを志した理由のひとつには、シングルマザーとして子育てをしながら働いていた母親の影響があったという。

「母は、私を育てながら土日や昼夜を問わず、24時間365日ずっと働いていました。海外出張があると、1ヵ月ほど家にいないこともあり、ベビーシッターの方に面倒を見てもらうことが多かったです」

母親について「正直、母から受けた教育の影響はほぼなかったくらい、幼少期の接点がない母子家庭でした」と苦笑いしながら話す進。だが、男性が多い医療の世界で自らの道を切り開いた母親の姿から、女性の気高さや力強さを学んだという。

「当時は、外国籍のシングルマザーが、今ほどいませんでした。なので、自立した女性として働く母は、とても格好良かったです。そんな母の生き方から、女性には結婚や専業主婦以外にも多様な生き方があると気付かされ、自分も将来は自立した女性になりたいと思うようになりました」

青山にある「MIKAGE SHIN」直営店で、インタビュー取材に応じてくれた進。「インタビューを受けることで、自分の考えが研ぎ澄まされることがあるので嬉しいです」と、積極的に質問に答えてくれた。

今ある仕事を辞めてデザイナーを目指すか、それともこれまでのキャリアを活かして仕事を続けるか。26歳で今後の進路に悩んだ時、そっと進の背中を押してくれたのも母親だった。

「小さい時に両親が離婚していたので、父親とはあまり連絡を取ってなかったのですが、留学前に一度だけ父と会うことがありました。その時、会社を辞めて留学することを伝えたら大反対で。『4年制の大学を卒業して、安定した大企業に入れたのにもったいない』って。

一方で、母の意見は真逆でした。迷っていることを伝えたところ、母からは『どちらが正しい道かではなくて、自分が選んだ道を自分で正しくするんだよ』と言われて。その一言でどちらの道を選んでも、結果は自分で作るものだと踏ん切りがつきました」

母親のひと言に発破をかけられ、進はひとりアメリカに留学。自立した女性がより輝けるファッションを目指して、NYでデザイナーとして生きる道をスタートさせた。

15世紀頃にヨーロッパで流行した“ヴンダーカンマー”をテーマにした今季のコレクション。大航海時代にインドなどで収集された珍品を展示した文化が、美術館の前身になったことにインスピレーションを受けてデザインされた。

転校生活で身についた“人を思いやる心”

実業家として国内外を飛び回る母親に育てられた進。そんな家庭環境もあり、幼少期から引っ越しを繰り返す生活を送っていた。

「保育園と幼稚園は5回くらい、小学校も6回くらい転校しました。転校先の学校にどう溶け込むかを考えるうちに、周囲の子供たちの行動や関心などを観察することが多くなって。人の思考や言動に興味を持つようになりました」

早くクラスメイトと仲良くなりたい。そう思った進は、次第に他者の視点から物事を考える能力が身に付いたのだとか。また、ファッションに興味を持ち始めたのも、転校が多かった小学校時代だったという。

「当時は、ちょうどナルミヤ・インターナショナルの『エンジェルブルー』など、高価格帯のキッズブランドが流行し始めた時期で。周りの友達からの影響もあり、ファッションが好きなりました。

また、その頃は家庭環境が複雑で転校が多かったことや、育ってきた環境や考え方が周りの人と違うこと、ハーフであることなど、自分のアイデンティティの中途半端さに自信を持てずにいました。

そんななか、服装や髪型を変えるだけで、自分のイメージがガラリと変わり、なりたい自分になれる。ファッションを通して“自分はこういう人間だ”と、自分自身で導いてあげて良いんだと気づきました」

そして高校に進学した進は、英語を通して海外の学生と触れ合う「英語部」に入部。海外の学生と共同でプレゼンテーションや合宿をするなかで、国際政治や社会問題への広い視野が養われ、早稲田大学では政治経済を専攻した。

「大学卒業後は、一般企業であらゆる企業にマーケティングやブランディング、新商品開発などのソリューションを提案するストラテジック・プランナーの部署に配属されました。子供の時に転校が多かったこともあり、人の行動や関心を分析することが好きだった自分に向いていると思いました。

マーケティングって極論を言うと、“思いやりのビジネス”だと思うんです。どういう風にしたら人が欲しくなるのか、どういう風にしたらプロダクトが生まれるのかって、そんな推測を収斂(しゅうれん)していくのがマーケティングの仕事の醍醐味だと思います」

企業の問題や課題に対して、人々とコミュニケーションを取りながら解決策を提案していく。子供の頃から他者の視点を大切にしてきた進にとって、企業やその消費者を“思いやる”ストラテジック・プランナーの仕事はまさに天職だった。

天使の絵画を中心に、虫がたかった腐った梨やロブスターなどが並ぶ、少し“毒っ気”のあるデザインを採用した進の最新コレクション。

しかし、得意なマーケティングの仕事で着々とキャリアを積み重ねていた進は、 仕事を続けていくなかで次第に自らの生き方に違和感を持ちはじめたという。

「ストラテジック・プランナーの仕事は、自分よりも秀でている人がいっぱいいる。でも、『こういう服を作りたい』とか『こういう服で多くの人を喜ばせたい』って、今このアイデアを提案できるのは自分しかいないって思ったんです。

さまざまな業界で同世代が活躍しているなか、あれこれ言い訳をして逃げたり、批評家気取りで他人を見ているよりも、常にチャレンジを続けるプレイヤーとして生きる方が格好いい。そう思って、ファッションで人々を幸せにできるデザイナーを目指しはじめたんです」

自信に満ちた表情でそう語る進は、今もさまざまな環境で培った知識や経験を活かしながら、自身のデザインを世界に発信し続けている。

■連載「NEXT GENERATIONS」とは
新世代のアーティストやクリエイター、表現者の仕事観に迫る連載。毎回、さまざまな業界で活躍する10~20代の“若手”に、現在の職業にいたった経緯や、今取り組んでいる仕事について、これからの展望などを聞き、それぞれが持つ独自の“仕事論”を紹介する。

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