『ゾイド』『宇宙兄弟』『クローズ』といった人気漫画やアニメの世界観を現実と見紛うような驚愕の精巧さで表現し、アート作品に仕立てるクリエイター集団が、マサヤ・イチ率いる「ANIMAREAL」。写真、3DCG、手描き、特殊メイクと現代のテクノロジーを駆使した超絶技巧の作品群に、ファンのみならず、その作者や出版元も熱狂している。海外でも高く評価される彼のアートは、いかにして生み出されているのか?
すべては「ドラゴンボール」の亀仙人から始まった
2023年6月、グラフィックデザイナーのマサヤ・イチ率いる「ANIMAREAL」(アニマリアル)」は1枚の新作アートを公開した。タカラトミーの玩具シリーズ『ゾイド』40周年と漫画『北斗の拳』40周年のW周年を記念したコラボキービジュアル。ラオウの愛馬“黒王号”と人気ゾイド“ワイルドライガー”が融合した「ワイルドライガー黒王」の姿にファンは驚き、SNS上は歓喜のコメントであふれた。
「喜びや感謝の声が多かったですけど、賛否両論ありましたよ。ゾイドと北斗の拳、どちらも熱狂的なファンがいますから(笑)。それから、『このビジュアルはどうやって作っているんですか?』といった声も多かった。ひとつの作品をきっかけに、ANIMAREALや制作方法に興味をもってくれるのはとてもうれしいことです」
そう話すマサヤ・イチが、漫画やアニメをベースにアート作品を制作するようになったのは2011年のこと。その2年前に映画『DRAGONBALL EVOLUTION』が公開され、「ドラゴンボール」が大好きだったマサヤ・イチは迷わず劇場に足を運んだ。
「ハリウッドが制作した実写版で、出来は言葉を失うくらい、ひどかった。『日本の宝ともいえるドラゴンボールに、なんていうことをしてくれたんだ』って怒りが湧いてきましたね(笑)。それで、『もしオレがつくったらこうなるぞ』っていうのを見せようと思って、亀仙人を題材に年賀状とメイキング動画を制作したんです」
まずは亀仙人の衣装を制作し、モデルに着てもらい、メイクを施す。マサヤ・イチにはハリウッドで特殊メイクを学んだ仲間がいて、メイクはお手の物。そのモデルをカメラマンが撮影し、できた画像に3DCGを織り交ぜながら、さまざまな要素をPhotoshopで合成していく。
「完成したビジュアルで年賀状をつくりました。年賀状という手法を選んだのは、いろんな人の目に留まると思ったから。年賀状はちゃんと見てくれるし、保存もしてくれる。効果はありましたよ。『あの人、おもしろいことやってる』って噂になった。さらにFacebookに年賀状の画像を掲載したら、予想以上にバズりました」
亀仙人のメイキング動画のほうは、YouTube上で開催されていたコンテストに応募。グランプリは逃したが、スポンサー賞に輝いた。予想以上の反響があり、多くのメディアがマサヤ・イチに注目。雑誌「日経エンタテインメント」にて、彼の特集が組まれることになった。
日本で初めての「ダブルライセンス」を取得
「そんなことが契機になって、一般の人にもANIMAREALの名は少しずつ知られるようになってきました。で、大阪・梅田の映画館から声がかかったんです。『「劇場版銀魂 完結篇 万事屋よ永遠なれ」を上映するんだが、客寄せのために何かやってほしい』と。梅田は映画館の激戦区。目立つことをやって、人を集めたいという思惑だったんです」
ANIMAREALではその映画館のプロモーションとして、3パターンのビジュアルを制作。登場人物の顔は逆光で見えないように工夫し、イメージ的なビジュアルに仕上げた。映画館がビジュアルをFacebookにアップしたところ、映画の公式サイトよりもその映画館のサイトのほうが、シェア数が多くなるという事態に発展した。
「映画館でこのビジュアルを使ったポストカードを配布したところ、あっという間になくなりました。ヤフオクで9万円という値段が付いたというんです。『ジャンプ』にも掲載された。で、大ごとになっちゃった。高額での転売は社会問題だろうと。その事態を収拾しようとして『映画のDVD BOXにはそのポストカードを付けます』と公式アナウンスされ、実際にそうなった。いち映画館のポストカードが、版元を動かしたんですよ」
そしてANIMAREALは日本で唯一、ダブルライセンスを取得する会社になった。ダブルライセンスとは、作者や権利者から正式な2次創作の許可を得て、正規品をつくることができるというもの。ANIMAREALが制作したものは、堂々と公開し、正規品としてショップで販売することができる。
「その仕組みを便宜上、ダブルライセンスと呼んでいますが、僕らしか持っていないものなので実際には表す言葉がないと言ったほうが正しいかもしれませんね。ダブルライセンスで仕事を始めた当初は不安もありました。オリジナルの作者は、僕らの2次創作を見てどう感じるだろうか。手を加えてアレンジされることで気分を害するのではないかと。
でも、そんな心配は無用でした。原作者のみなさんは、心から喜んでくれている。僕らの2次創作を楽しみにしているという声もたくさんいただきました。そんな声に勇気づけられ、ANIMAREALは原作者に負けないクオリティをもつ作品を次々に生み出しています」
グラフィックデザインの可能性を探しにロンドンへ
今や日本を代表するグラフィックデザイナーとなったマサヤ・イチ。ここまで、どんな経歴を歩んできたのだろうか。
「アートとの出合いは3歳の時。習い事として絵を始め、先生に薦められて僕だけ6歳から油画の道に進みました。両親は喜びましたよ、『この子は人とは違う』って(笑)。コンクールで賞を獲ったりしていましたから、上手かったんでしょうね。それから絵を描き続け、京都造形芸術大学の油画に進学。芸術家を育てるための学科でしたから、同じ学科内には就職しようとする学生はほとんどいませんでした」
だが、マサヤ・イチは在学中にグラフィックデザインに興味を持つことになる。そこでレコード会社が運営するデザインスタジオに就職し、倉木麻衣をはじめ、アーティストのCDジャケット制作に携わる。グラフィックデザイナーとしてのスタートだ。
「グラフィックデザイナーって、華やかな世界を思い浮かべる人が多いでしょう? でも、実際はチラシとか名刺とか、地味な仕事が多い。それが嫌でCDジャケットを制作できる会社を選んだけれど、入ってみると音楽関連の仕事しかなかった。その後も通信関係の会社のインハウスデザイナーとして転職したんですが、すごく楽しかったんですよ。社長も尊敬できる人で。でも心のどこかで、もっと自由にいろんな仕事をしたいのに。僕のやりたいことってこれなのかなって思うようになって、退職したんです」
マサヤ・イチは仕事を辞めた後、もう一度デザインを学び直そうと決意し、英国London Central Saint Martinsに短期留学。グラフィックとタイポグラフィーをメインに学んだ。
「ロンドンではいろんな経験をしましたが、特に現地で友人になったグラフィックデザイナーが開いたパーティが強く印象に残っています。自分の家の倉庫に、バーを作って、DJを呼んで、お客さんを集める、海外ではよくあるスタイルのパーティ。倉庫のロフトスペースに行ってみると、友人のアート作品が並べられていた。様々なデザインの郵便ポストを立体で作り、その背景にロンドンのいろんな街並みの写真を合成。創造と現実が見事に融合しているんですよ。当時、グラフィックデザインとアートは別物だと思っていたし、Photoshopの技術を使ってこんな表現ができるんだって驚きましたね」
ロンドンでは書店通いも日課に。特に気に入ったのが『Lurzer’s Int’l ARCHIVE』誌だ。海外の広告画像を集めた雑誌で、世界の広告のつくり方にわくわくと胸が高鳴ったという。
「たとえば、ビールの広告。日本でビールの広告ビジュアルというと、芸能人がグラスを持って飲んでいるようなものが多いじゃないですか。海外ではもっと自由というか、創造性が高いんですよ。ビールが注がれたグラスを海に見立てて、その中を魚が泳いでいるというような。自分も従来の広告の枠を超えたアーティスティックな仕事をしたいと思いましたね」
その後、2009年に帰国し、フリーランスのグラフィックデザイナーとして再始動。仕事は順調で食べるには困らなかったが、徐々に物足りなさも感じだす。そして、2012年の亀仙人の年賀状を機に、アーティスト、マサヤ・イチの快進撃が始まったのは前述のとおりだ。2014年にはANIMAREALを会社化している。
「依頼された仕事だけでなく、自分が満足できるアート作品をつくりたいなって。でも当時はSNSも今のように普及していなくて、自分のアートを発表できる場がない。オリジナル作品をつくっても、仲間内で自己満足するだけだったのが、年賀状を機に変わった。
今は作品を披露する場には困りません。でも、そのぶん、群を抜くセンスやクオリティをもっていないと、自分の作品は埋もれてしまう。だから、常に先を行かないといけない。そこで、自分の作品にAIを使うことに決めたんです」
時代に取り残されたくない。その思いから、マサヤ・イチはさらなる高みを目指す。
※後編に続く