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2023.03.21

部下育成にも役立つ! 吉本興業・NSCで10年連続人気No.1講師・桝本壮志の仕事術

放送作家に小説家、演出家など複数の肩書を持ち、タレント養成所・NSC(吉本総合芸能学院)の講師としては、授業の評価アンケートで10年連続の人気投票数1位を獲得している桝本壮志さん。その人気の秘訣はいったい何なのか。今回は前回に引き続き、企業での部下育成にも大いに役立ちそうな、桝本さんの講師の心得を伺っていく。

桝本 壮志/SOUSHI MASUMOTO
1975年広島県生まれ。放送作家として多数の番組を担当。AbemaTVの『FIFA ワールドカップ カタール 2022』中継をはじめ、社会現象となるネットコンテンツの企画にも携わる。母校である吉本総合芸能学院(NSC)の講師としては、授業の評価アンケートで10年連続人気投票数1位を獲得。

「左手でネタを書く授業」でお笑いの自由さと楽しさを伝える

桝本さんは生徒たちが伸び伸びとネタを作れるよう、「笑いはもっとフリーハンドで自由に作っていい」とよく伝えているという。というのも、お笑い芸人は”左手で書いたネタ”でブレイクすることもあるからだ。

「たとえばチョコレートプラネット。彼らはキングオブコントなどでも優れた笑いを作ってきましたが、ブレイクしたきっかけは『有吉の壁』の1コーナーで作ったリズムネタ『TT兄弟』でした。だから時には左手で、遊び感覚で書いたネタのほうが面白かったりもするんです」

しかし、ともすると若手ほど「型にハマったネタ」を作ってしまいがちなことも。NSCでは数年前、人気芸人を講師に迎え「漫才の作り方」という授業を行った結果、生徒の大半が同じようなフォーマット・同じような切り口のネタを作るようになった時期があったそう。

「生徒からすれば神の言葉を聞いたようなものなので、『同じことをやるのが正解』と考えるのは理解できます。なので『みんな同じ型で、無個性なネタになってるで』と伝えるのも良くないと思い、そのときは『メッシとかネイマールみたいな一流選手が、サッカーのルールブック読んでからサッカーを始めたと思う? 初めはボールを蹴る楽しさを知るやんか? 漫才を作るときも、まずはボールを蹴る楽しさを覚えてからルールブックを読んだらええやん。まず自分の好きな笑いをやりぃ』と伝えました。

この話は吉本側も理解してくれて、『あまり座学で頭に知識を詰め込むのも早計』と考え直してくださいました」

そして毎年のカリキュラムの終盤に実施している「左手でネタを書く授業」も、生徒により自由な発想でネタを作ってもらうための授業だ。

「『今まで自分たちが書いたことがないような実験的なネタを書いてきて』と課題を出して、漫才師がコントをしたり、コンビのボケとツッコミを入れ替えたりしたネタを作ってもらうんですが、それがもう抜群に面白い。1年間で一番盛り上がる授業になるんです。

そして生徒たちは授業が終わると『自分たちが固定観念に縛られてたことが分かりました!』『お笑いってマジでフリーハンドなんですね!』と言ってくれます。その声は僕にとって喜びだし、この授業が生徒の発想に幅を持たせられているなら嬉しいですね」

桝本さんの授業が生徒から人気なのは、笑いに真剣になるがあまりに型にハマり、視野が狭まっていた生徒たちの思考を開放してあげているからなのだろう。そして生徒たちには次のような話もするそうだ。

「学生時代はずっと『一つの答えを探すゲーム』を続けています。小テストでも高校入試でも、1個の正解を書くために勉強をするのが学生時代の学び方ですよね。そのことを説明したうえで僕は、『社会に出たら逆やぞ。世の中には無数の答えがあんねん。

だから今までと逆のことをやりなさい。答えが何個でもあるなら、その答えをいっぱい出せばいい。これからは答えを増やしていくゲームやから、その価値観を変えなさい』と伝えています」

韓流アイドルの衣装はなぜ番組ごとに違う? エンタメ最前線も講義

そうしたお笑いの自由さを伝えるうえで、桝本さんが生徒たちに伝える言葉が「居着くな」というものだ。

「『居着くと同じ角度でしか、物事を見られへんようになるから、とりあえず居着くな。いろんな角度で物事を見るためには、自分が動いていろんな角度で見んとあかんよな』とよく話します」

しかし、若い生徒には固定観念に囚われてしまう人も多いという。

「漫才師=お揃いのスーツという固定観念に囚われて、ネタ見せの授業も毎回スーツで来て、『僕らのスーツ何色がいいっすかね?』と相談してくる生徒がいます。そのときに僕は『それ、今決める必要ある? 服の趣味なんて1年たったら変わるよ。いま色まで決めていいの?』とアドバイスします」

衣装選びについては、次のような韓流アイドルの話も引き合いに出したという。

「日本のアイドルは昭和の聖子ちゃんや明菜ちゃんの時代から『この歌を歌う時はこのドレス』という固定の衣装がありましたけど、昨今のNiziUやTWICE、BTSを見ると、同じ曲でも音楽番組によって全然服が違うし、髪型も髪の色まで違うんですよね。

それをインスタで見ている若い子たちは、『あっ、今回の衣装カワイイ』『この髪色かわいい』みたいに変化を楽しんでいるんです。そうした韓流スタイルが人気を呼び、日本の芸能が追随している今、なんで漫才師は同じスーツでやらなくちゃいけないの?というのが僕の考えです」

そしてスーツの色を迷っている生徒には「その時に好きな服を着ろ」と伝えているそうだ。

「この僕の考え方は吉本興業の考え方とは違うと思いますが、そうした意見の相違で『お前は言い過ぎやから辞めろ』と吉本から言われても、僕は意見を曲げるつもりはありません。そうした僕の腹のくくり方も、生徒に支持されている理由の一つかもしれません」

なお桝本さんが今のような別ジャンルのエンタメの潮流を話せるのは、幅広いジャンルの番組を担当する現役の放送作家だから。そうした話を聞くことができて、日本のお笑い界の外に目を向けられるのも、生徒が桝本さんを支持する理由だろう。

「僕は音楽番組に携わる時も、そうやって色々なものを見るようにしています。すると『あれ? 同じ曲でも髪の色も服も違うな。これが韓流のやり方で日本もこうなっていきそうだな』とか気づくことがあるんですよね。そういう視点から得た情報は栄養価が高いので、若い子には積極的に伝えるようにしています」

そして日本にとらわれず、世界に目を向けてもらうための話もするという。

「今の若い世代は少子高齢化社会の日本ではマイノリティです。でも世界全体の人口比率で見ると、10代や20代の割合は1/3程度と非常に多いんですよね。そこで『もし君たちが、インスタを使って同世代のインド人やアフリカ人のファンを作ったらボロ儲けやんか』と言うと、若い子たちの目が輝く。

『そっか、世界とつながれる時代ですもんね!』と気づくんですよね。そうやって『日本だけが世界じゃないよ』ということを色々な話で伝えることも大事にしています」

会社も同じ! 成績Aの人だけ集めたクラスが上手く回らない理由

NSCでの授業について、「成績Aのヤツだけを集めても全体が上手く回らない」と桝本さんは考えているそう。

「NSCには早い段階でおもろい漫才を作れるヤツもいれば、箸にも棒にもかからないようなネタをする子もいます。でも後者のように今はパフォーマンスが低くても、今後の伸び代の多い人を入れておくと、逆にチームは良くなっていきます」

なぜかというと、優秀な人ばかり集めたチームでは、講師側が指摘することも少なくなり、生徒たちに新しい気づきが少なくなるからだそうだ。

「一方でまだ未成熟な漫才をする子がクラスにいると、『なぜこの漫才がウケないかというと、こことここがダメだからだよ』と基本的なポイントの指摘ができます。それは指摘された本人のスキルアップにつながるだけでなく、いいネタが作れている子たちも『あっ、そういえばそうだな』と指差し確認をする機会になる。そして全体のレベルが上がっていくわけです」

こうした組織論は会社のチーム運営にも当てはまるものだろう。なお、桝本さんが好きな組織に関する故事は「鶏鳴狗盗(けいめいくとう)」だという。

「昔、中国のお偉いさんが鶏のように鳴くヤツとか、犬のように物を盗むヤツを仲間にしていて、周囲の人は『何であんな役に立たないやつらを』と不思議がっていたんですけど、お偉いさんが命を狙われたときに、そうした特技の持ち主が役に立って難を逃れた……という故事ですね。

この故事のとおり、僕は多種多様な人たちが共存できるコミュニティこそが素晴らしいと思っているので、生徒に対して失格の烙印を押したり切り捨てたりはしません。落伍者を出さずに最後までタスクをやり遂げたほうが、全体的なレベルが上がっていく体験も多々しているので」

もちろんNSCにも優秀な人たちを選抜した授業もあるが、「それは学校でいう特進クラスのようなもの」だという。

「そうした区別は僕もあっていいと思いますが、差別は絶対にしません。今のNSCには若くて生活に苦労している人もいれば、年商100億の社長もいます。年齢が高い人も以前より増えましたし、東南アジア系のハーフの生徒も増えました。そうした環境だからこそ、区別と差別の違いはしっかり意識すべきだと思っています」

NSC時代のEXIT兼近大樹の「相槌」から見えた才能の片鱗とは?

桝本さんがネタ見せの授業で教えてきた芸人には、EXIT兼近大樹、ぼる塾、オズワルド、空気階段、コットン、令和ロマンなど売れっ子の芸人が並ぶ。特に兼近さんは印象に残っているそうだ。

「彼はNSC時代、ほかの選抜授業には入っていませんでしたが、僕の選抜には入っていました。何百人と座っている生徒の1人でしたが、それでも目立つ部分があったんです。僕が授業で喋っているとき、僕の話の句読点で上手く相槌を打ってくれる生徒は自然と目に入りますし、『こいつはトークセンスがあるヤツやな』と分かるんですが、兼近はそれが抜群に上手かったんです。また兼近は自分のこともピュアにしゃべれる子でした」

ぼる塾も印象に残っているそうだ。

「先日、YouTubeの番組で話した際も、『桝本さんがネタじゃなくてキャラクター選抜に入れてくれたことで、私たちキャラクターがあるんだと意識するようになり、服の色とかを分けるようになった』と言ってくれました。そうした教え子たちとの思い出は数限りなくあります」

もちろん教え子の誰もが芸人として大成するわけではないが、「生徒それぞれにいい所は必ずありました」と桝本さんは振り返る。

「卒業生では消防士になったヤツもいますし、『桝本さんとNSCで出会ったことで学校の先生になりたいと思いました』と言って学校の先生になったヤツもいます。なお僕は吉本興業のNSCを選んで入学している時点で、『この人にはお笑いの才能がある』という前提で彼らと向き合っています。

そして僕は革命的なお笑い論を授けてあげることはできませんが、芸能界を生き抜くための人格形成はできると思っています」

芸能界で売れるのに必要な「ピュアさ」とは

では、芸能界を生き抜くのに必要な人格や考え方とはどんなものなのか。

「僕が初めの授業と最後の授業で必ず言うのは『これから色んな人に出会うと思うけど、片耳で聞く癖を付けなさい』ということ。芸能界に入った芸人は、数多くのプロデューサーや業界関係者と出会い、まあ色んなことを言われます。偉いさんの多くは『こっちに行こう』『お前はあっちに行くべきだ』『こっちのほうがブルーオーシャンだぞ』と色んな場所に連れて行こうとします。

船でいうといろんな船頭が乗ってくる状態です。こちらを立てればあちらが立たずという状況が必ず生まれますし、すべてに従っていては軸がぶれてしまいます」

だからこそ片耳で話を聞くことが大事なわけだ。ただし、話を片耳で聞きつつも「ピュアに反応すること」も大事だという。

「相手が喋る時はその人の目を見て聞いて、『あっ、なるほどですね! そういう考えもあるんですね!』とピュアに反応すべきです。そして、仮に賛同も関心もできないときも、ピュアに感心した芝居をして、『ありがとうございます!』と言ってその場を去れるのが理想的です。そして、聞いた話を自分なりに取捨選択し、必要なものだけインストールして、自分がいいなと思うものだけ実行できる人はアップデートを続けられます。

なかにはイラッとするようなことを言ってくるディレクターや作家もいますが、そうした相手といちいち衝突していては体力も消耗するし、タレントとして大成できません。そこに使うエネルギーを自分の発展に向けるためにこそ、僕は『片耳で話を聞いてピュアに反応すること』が大事だと思っています」

なお桝本さんの言う「ピュアさ」とは、「言われたことを一回素直に受け取ってみること」だという。

「そのピュアさは、EXIT兼近もオズワルドも、空気階段もぼる塾もみんなが持っていたものです。なお、いま名前を挙げた教え子たちの共通点は、みんなNSC卒業後に別のコンビを組んで成功しているということ。このことから分かるのは、NSCの学生たちが組んでいるコンビは、必ずしも正解とは限らないということです。

そして、この芸人たちが成功したのは、『もしかしたら違うコンビというパターンもあるかもな、違う生き方もあるかもな』と考えられたからです。逆にピュアじゃない人は、『別のコンビのほうが可能性あるかもよ』と言われたときに、『何言うてんねん、お前!』といちいち突っかかっていくので、結果的に損をしてしまうことが多いんです」

ぼる塾が授業中に恋愛相談! 学生が「悩みを言える環境」の作り方

なお、ぼる塾のメンバーのあんりさんは、桝本さんが授業中に「なにか質問ある?」と聞いたときに、「桝本さん、私、今恋してるんです」と恋愛相談をはじめたことがあったそう。

「僕も『本の貸し借りとかオススメだよ』みたいにアドバイスをしたのを覚えています。あんりはそういうカワイイところがありますし、彼女を含めてぼる塾はみんな優秀で、なおかつピュアなんです。だって200人くらい生徒がいる授業の最後に『あと10分あるから雑談しましょうか。何か喋りたいたいことある人いる?』という僕の問いかけに、手を上げてしたのが恋愛相談ですからね」

また別の期のトリオ『3時のヒロイン』のかなでさんも、授業中の「何か聞きたいことある人?」という問い掛けに、「私、クリスマスに彼氏と別れたんですけど」と恋愛相談をはじめたそう。

「そのときは『それ、みんなで考えよう!』と言って予定の授業内容を潰して、みんなでかなでちゃんの恋愛相談をした思い出もありますね。そういう恋愛相談でも、その時にガヤで聞いている生徒は人生の勉強になるんです。だからネタ見せの授業じゃなくなっても、みんな満足してくれている雰囲気はありましたね」

桝本さんの授業が生徒の評価アンケートで10年連続1位なのは、ただお笑いのノウハウを教えるだけでなく、「みんなで楽しめる雰囲気があること」「お笑い以外の生き方も学べること」も理由の一つなのだろう。

仕事とは「新しい自分と出会うこと」

そして4回続いたインタビューの最後に、「桝本さんにとって仕事とは?」という問いをぶつけてみた。

「仕事は『新しい自分を見つけること』だと思っています。仕事をすることで、今まで知らんかった自分が内側から出てきますし、こうやって取材を受けて話しているときも『あれ? 俺こんなこと考えてたんだっけ」という発見があったりします。それは演者としてテレビに出演するときも同じです。

たとえば『サンデー・ジャポン』に出演すると、CM中にデープ・スペクターさんがくだらないダジャレを言ってきて、僕もダジャレで返したときに、『あっ俺、割とダジャレセンスあるんだ』と気づいたりするんですよね(笑)』」

その意味で桝本さんにとっての仕事とは「自分探し」ともいえるわけだ。

「自分探しというと『内省を続ける』『インドに行く』など色んな方法があると思いますが、仕事をするのも僕にとっての自分探し。新しい自分に気づくと、やっぱり人生が楽しくなるし、また新しい仕事をしたくなるんですよね。

『来週までに台本よろしく』とか『今度こういうプロジェクトがあるから企画出して』とかタスクが次々と増えると、もちろん苦しさもありますが、その課題を乗り越えたときに自分の新しい境地に到達できることもある。僕はそれが楽しくてたまらないですね」

桝本さんは最近になって英会話をはじめるなど、プライベートも含めて新しいことに今でも挑戦を続けているという。

「この取材も新しい挑戦だと思っていますし、取材を受けることで『自分の中から何が出てくるんだろう』とワクワクしています。どんな人の仕事でもそうでだと思いますが、何か新しい課題に対峙したときに、自分の中から新しいものが絶対出てきてるんですよね」

TEXT=古澤誠一郎

PHOTOGRAPH=杉田裕一

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