放送作家に小説家、演出家など複数の肩書きを持ち、タレント養成所・NSC(吉本総合芸能学院)の講師も務める桝本壮志さん。企業での部下育成にも大いに役立ちそうな、桝本さんの講師の心得を今回は伺っていく。過去記事はこちら。
ネタ見せで「ダメ出し」ではなく「ホメ出し」をする理由
桝本さんはNSCでどのような授業を受け持っているのだろうか。
「NSCには発声や演技、ダンスなど様々な授業がありますが、僕が担当しているのはネタ見せの授業。対象となる生徒さんは、東京校と大阪校の合計1400人程度です。授業では、『俺のこのお笑い、アンタに分かりますか?』みたいな血気盛んな生徒のネタを見て、一般的に『ダメ出し』と言われる作業を延々と実施。
1組あたりにかける時間は5分とか10分で、授業は1コマ2時間20分。朝10時から夜20時まで4コマ続けて授業を行っています」
なお桝本さんはダメ出しという言葉は使わず、「売れるためのブレスト会議」や「褒め出し」という言い方をしているとのこと。しかし、入学したての生徒が見せるネタには、あまりにレベルが低くて褒めるポイントがないケースもあるのではないか。
「これはどんな仕事でも同じだと思いますが、新人が出してきた提案にはダメな部分が多かったとしても、絶対に何らかの美点があるはずです。その美点も見つけられない人はセンスのない人だし、自分でもいい提案ができない人だと僕は思います。
映画評論などは典型ですが、やっぱりセンスのある評論家は、仮にダメな映画でも『ここが面白い』というポイントを見つけて褒めるのが上手ですからね」
そしてネタを見るときのポイントは「減点方式で判定をしないこと」だという。
「加点方式で見ることを意識すると、仮にダメな部分が多くても、『おっ! 声はしっかり出ているな』みたいに美点が見つかりやすくなります。そしてネタ見せ中は『クソ面白そうの耳』で聞くよう自分にスイッチを入れています。最初から『彼らは若手で絶対にダメなとこだらけ』と考えず、『さぁ、今から面白いネタが始まるぞ』という耳にしておくと、自然と加点で評価ができるし、自分の意見を押し付けにくくなります。
もちろん若手はネタが粗いことが多いので、まずそうやって褒めたうえで、『ここはこういう展開もあったよね』『もっとこうすれば良くなるよ』といった指摘をしていきます」
今回の取材中も、桝本さんは質問に対する回答が早く、キラーフレーズが次々と飛び出してくるのが印象的だったが、その能力は「NSCのネタ見せの授業で鍛えられた」とのこと。
「10代でまだ挫折もしたことがない若者は、僕がネタを見て『うーん』と悩んだりしていると、こっちの自信のなさを見透かしてくるんですよね。なので、即座に・雄弁に語る癖がつきましたし、その習慣はこうした取材での受け答えやテレビ出演でも役立っています」
講師と生徒に上下関係は不要。ランナーと伴走者の関係を目指す
桝本さんが上から叱るような”ダメ出し”をせず、まず褒めることを意識するのは、劇場の座付き作家時代に「お前、芸人向いてないよ。辞めたら」という言葉を芸人にぶつけてしまった後悔が今も大きいからだという。
「その言葉は、もう書き初めにして部屋に張っておきたいくらい、今でも反省を続けている言葉です。そして吉本興業を選んで芸人を目指している時点で、生徒の中には情熱の火が必ず灯っているし、そこには才能も眠っていると僕は信じています。一方で講師の僕には、生徒たちの人生を劇的に前進させるような力はありません。
であれば、僕のような講師がすべきことは、上下関係の圧力でその火を消すことでは絶対にない。ちょっとずつオイルを差してその火を絶やさないように気をつけながら、少しずつ大きくして卒業してもらうことだと思っています」
講師と生徒の関係は「教える側―教わる側」の上下関係として捉えている人も多いだろうが、桝本さんは「生徒がランナーで、講師が伴走者のイメージ」を持っているという。
「僕は24時間テレビのマラソンの伴走者のように、芸人を目指した生徒たちに最後まで走りきってもらうための優秀な伴走者でありたいと思っています。そうやって自分の発想を変えたことが、僕の講師としてのあり方を作ったのかもしれません」
授業で心がけているのは「生徒にナメられること」
そのほかに桝本さんがネタ見せの授業で強く心がけていることの一つは「生徒たちからナメられるようにする」ことだそう。一体なぜなのか。
「僕が思う若手の最大の魅力は『飛距離』。野球のバッターでいえば、打球を遠くに飛ばす能力です。若手のバッターに技巧的な流し打ちを教えるよりは、思い切りバットを振ってもらったほうがいい結果を生みやすいのと同じで、お笑いでもまずは自由にネタを作ってもらったほうが面白いのもはできやすいと僕は思っています。
そして、その飛距離を出すためには、体の緊張感をなくしてリラックスしてもらうことが大切。だからネタ見せの講師が『生徒がリラックスできる空間をつくること』は大切な仕事ですし、そのためにはナメられることが必要なんです」
では、ナメられるために一体どんなことをしているのか。
「僕はわりと外見がイカついので、横にいるアシスタントに僕をニックネームで呼ばせて『何でやねん!』とツッコんだりはよくしています。あと生徒と初めて接するときは、『俺な、昔芸人やっててんけど廃業してんねん。結婚もしててんけど、好きな人にも嫌われてもうてん。でもな、今楽しいで!』みたいに過去の失敗もどんどん話します。
おそらく若い生徒たちは、『俺は18本レギュラーある人気作家や!』みたいに自慢をされても『何やこのおっさん』と思うでしょう。でも、芸人でケツ割って結婚生活もダメだったヤツだと分かると、安心してぼくのことをナメるようになるので、『よう分からんけどオモロイおっさんやな。よし、こいつの話は少し聞いたろ』と体が起きてくるんです」
実際に桝本さんは、NSC卒業生の芸人たちからもいい具合にナメられているという。
「最近人気のナイチンゲールダンスという優秀なコンビも、僕のことをナメてますね。このあいだ僕に『桝本さん、いま無限大ホールでスーツがなくなったんですよ。たぶん盗まれたと思うんです』と電話してきて、『そうなんや。で、なんで俺に電話してくんの?』と聞いたら『今からスーツ買いにいきません? 桝本さんのおごりで』っていうんですよ。僕は『よっしゃー! やっとこういうヤツらも出てきたか』と嬉しく感じました」
年下の生徒や芸人にナメられているということは、それだけ若い世代とのあいだに距離感や壁がなく、近い感覚を持てていることの証拠でもある。
「会社の偉いさんほど、若手に構ってもらうと嬉しがったりするのは、そうした親近感を持たれるのが嬉しいからだと思います。しかし会社でもお笑いの世界でも事情は同じで、自分がキャリアを重ねるほど、若手たちとの感覚は乖離していきます。
だからこそキャリアが上の人間は、せめて『同じ空間にいていい空気を醸し出すこと』が大切だと思います。特に僕は10代の子たちと同じ空間でお笑いの授業をやっているので、『そこにいていい人間であること』は常に意識していますね」
教室の「スミ」に「ミス」を置くことで、失敗を人に話せる共同体を作る
桝本さんは、授業のなかで生徒からの質問を受け付ける時間を設けている。そこではお笑いについての真剣な悩みを相談してくる人もいれば、恋愛相談をしてくる人もいるとのこと。それも生徒との距離が近いからこそだろう。
「ほかの生徒がいる前で『最近ネタが書けないんですけど、どうしたらいいですか』みたいに真剣な悩みを打ち明けてくれたりしたら、『信頼関係ができてきたな』と手応えを感じます。また『僕、滑舌悪いんですけどどうしたらいいですか?』という質問を受けたときは『今この授業は神保町でやってるけど、神保町で歩いているほぼ全ての人は、俺って滑舌悪いなと思って生きてないよな。でも君はいま、自分の滑舌に向き合っている。
そこに気づけた君は何年か後に滑舌は良くなってるはずやで』と答えました。これは性格などの問題でも同じですよね。『もしかしたら自分って性格が悪いかも?』と考えはじめた人は、そう気づいた時点で成長をしてるんです。滑舌も同じで、気づいた時点で成長しているし、それから絶対に良くなる。そう伝えると生徒は喜ぶし、実際に成長していくんですよね」
そのように多くの生徒がいるなかで、1人の生徒が悩みを相談できるという環境は、授業の雰囲気の良さを表しているのだろう。
「だから僕は『教室のスミにミスを置くこと』を大事にしています。みんながミスをできて、そのミスを共有できる環境が大事だと思っていますし、だからこそ僕がこれまでの人生で失敗したことを喋るようにしています。おこがましい言い方ですが、僕の授業では自分が考えていることをフランクにひけらかせる共同体を作れたらいいと思っています」
一般企業では「部下がミスを隠して報告してくれない」「仕事が辛そうなのに悩みをぜんぜん相談してくれない」と悩んでいる上司も多いだろうが、そんな人はこの桝本さんの話は大いに参考になるだろう。
名前は一切覚えないのに「昔のことをよく覚えてますね」と言われる記憶法
他にも「講師として人気の秘訣」を桝本さんに問うと、「卒業生の芸人からは『桝本さんは昔のこともよく覚えてますね』とよく言われますね」との回答。
「たしかに僕は、NSCの卒業生や在学生とのエピソードなら、13年前のことも5年前のことも、昨日のことも色々と覚えています。そして『自分のことを覚えてくれている』と気づいた人はやる気が出るし、仕事のパフォーマンスが上がるんですよね。これは会社での上司と部下の関係でも同じだと思います」
ただし桝本さんは特別に記憶力がいいわけではないという。ではなぜ、細かなエピソードも覚えているのか。
「おそらく無駄な部分を極力省いているからだと思います。たとえば、いまNSCには東京と大阪で約1400人の生徒がいますが、僕は1人も名前を覚えようとはしていません。『僕の前では名乗らないでください』とまで言っています。
僕は1400の名前を覚えるところに脳みそを使いたくなくて、まず覚えるべきは、一人ひとりと接したときのエピソードだと思っています。それにスクショみたいな感覚で記憶していた顔を結びつけていくと、交流が多い人は『彼はこんなエピソードがあった○○君や』と自然と覚えていくんですよね」
一方で無理やり名前を覚えようとすると、「この人は遅刻が多い○○君」のようにマイナスの情報も記憶するようになり、人を減点方式で見ていくようになる感覚があるそう。「だから薄ぼんやりと覚えているくらいがいいんです」と桝本さんは話す。
「あとお笑いの世界は名前よりまずコンビ名をよく使うので、面白いコンビの名前も自然と覚えます。『今年は誰が面白いですか?』と聞かれたらすぐに出てきますね」
小泉純一郎の演説テクも活用。授業で使う「聞く人を惹きつける小技」
授業中には、演説や講演等で使われる細かなテクニックも色々と実践しているという。
「僕は言葉の力を信じていますが、自分で喋りながら『言ってることが美辞麗句やな』と思う部分もあります。でも、表層的ないい言葉、名言っぽい言葉は、やはり他人を引きつけるうえで有効なので、意識して使うようにしています」
そして授業を始める際に生徒と行う会話にも、実はテクニックが隠されているという。
「授業の開始前には、教室の前列に座っている子と『あっ、髪型変えた? それインナーカラーやろ。似合ってるやんか』みたいに何気ない私語をします。そして授業が始まったら、『はーい! 後ろの人、聞こえますかー?』と最後列の人に声をかけて、『聞こえます』と返答をもらいます。すると、教室というフィールドの最前列から最後列までの全員が、一つの授業に取り組んでいくチームになれるんです」
また、小泉純一郎元総理が演説で使っていたテクニックも用いているという。
「最初は声量を抑えめで話しはじめて、力点を置いている部分で声を大きくするという話し方ですね。それまでボソボソと喋っていたのに、ネタを見終わった後で『面白い! このネタが何で面白いのかというと~』と大きな声で喋ると、やっぱりその部分は伝わります。古典的な演説のテクニックですが、人は自然と引き込まれるんです」
桝本さんが講師業で使っているテクニックや意識していることは、ビジネスパーソンが日常のプレゼンなどの業務で応用できること、参考になるものが非常に多い。次回も引き続き、人気No.1講師の秘密に迫っていく。