PERSON

2023.03.13

【映画監督・足立紳】映画『雑魚どもよ、大志を抱け!』で、不寛容な現代に投げかけたかったこととは?

不恰好だけど、どこか愛おしい。気取らない人間の生き様を描き続ける足立紳。3年ぶりの監督作品となる映画『雑魚どもよ、大志を抱け!』は、自身の少年時代であった昭和の香りを画面全体に漂わせながら、まだ何者でもない少年たちを描いたドラマだ。元となるシナリオを書き上げたのが20年前。そこから小説『弱虫日記』を経て、映画化に至った。発信側のコンプライアンスや受信側のリテラシーにアップデートが求められるなかで、「今」この作品が映画化される意味を問うた。

ろくでもない人たちが生き生きとする、そんな物語を今ぶつけたい!

足立紳の名前を耳にして、何を想像するだろうか。日本アカデミー賞・最優秀脚本賞に輝いた映画『百円の恋』の脚本家か、はたまた赤裸々な夫婦の日常や情けない男のサガを描いた『それでも、俺は妻としたい』を執筆した小説家か。ドラマファンならば、2023年後期のNHKテレビ小説、通称”朝ドラ”の『ブギウギ』の脚本担当であることでご存じかもしれない。

いずれにしても、日常と架空との淡い境界線を絶妙に往来して、人間のリアリティを描き出す。格好いいも悪いも一緒くたに。日本の近代映画史に名を刻む相米慎二に師事して、この世界に入った異才の人は、このたび最新映画『雑魚どもよ、大志を抱け!』でメガホンを取り、『日本版スタンド・バイ・ミー』(陳腐な表現だが、まさに当てはまる!が、これが真正といっていいほど)とも呼べる意欲作を完成させた。

「原作は、2017年に書いた小説『弱虫日記』なんですが、この作品の元となったシナリオ自体は、実は相米(慎二)監督に師事していた頃に書き上げていたんです。もちろん“いつか映画化を”と目論んではいました。当時相米さんにシナリオを預けることになりましたが、それでも映画化はできなかったので、まさか映画化される将来が待っていたとは思ってもいませんでした」

その後、足立監督は自らのシナリオや小説を通じて、映画界にプレゼンスを発揮し始めると、このシナリオが小説となる機会を得た。

「小説化に至るまでもすでに20年弱の月日が経っていたので、かなり価値観は変貌していました。その間、有り体ですが、社会が不寛容な雰囲気を纏ってしまったんです。どうしてこうなっちゃったのかなと。よりよい社会にしようとしているはずなのに。ただ、不寛容な一方で、いい加減な大人のいい加減な態度、例えば、政治家や権力者などにも見受けられますけれど、そういういい加減さには妙に寛容というか、世の中は受け入れてしまっている」

足立監督が、ある種の矛盾ややるせなさを感じるこの時代にこそ、この作品をぶつけてみたい!と、強く思ったという。そこで小説にする際に筋を変えたのだ。

地方の町に暮らす平凡な小学6年生・高崎瞬(池川侑希弥)。犯罪歴のある父親をもつ“隆造”(田代輝)や、吃音を抱える宗教二世の“トカゲ”(白石葵一)、東大を目指す母子家庭の“正太郎”(松藤史恩)などの仲間と楽しく過ごすなか、ある日瞬が、仲間のイジメに対して見て見ぬふりをしてしまう。そこからぎくしゃくし始める友人関係……。大切な仲間と己の誇りを獲得するために、瞬が動き出す。

「この話の核となる子供たちが“このままじゃダメだろう”と、自分自身の手で生き方を変える。己の誇りをなんとかして獲得する物語にしました。そう考えたのは、やはり現代の大人のろくでもなさというか、どこか“このままでもいいじゃん”という悪い開き直りをしている大人たちに、抗いたい。自分も含めたこの大人の雰囲気に抗いたいからなんです」

冒頭20分くらいは、ゲーテ世代の人ならば、懐かしいほどの小学生時代のやんちゃのオンパレード。ところが、どうしようもない子供たちが、とあるきっかけでグッと前に進み始める。こうした子供たちのリアリティは、この作品の大きな見どころだ。

「この作品には、ろくな人が出てきません(笑)。けれど、たいていの人間ってそういうもの。いい部分も悪い部分もあるけど、どちらかというと良くない部分のほうが多いのではないか。自分自身がそうなので(笑)。だけど、そんな人たちが生き生きと我が人生を生きている。そんな作品にしたかった。だから、“作るのはむしろ今だな”と。人間の大切な部分が描かれていると思えたこの作品を、今の世の中に投げかけたい」

と、令和の今、この物語は息を吹き返した。

約半年のあいだ、子供たちと触れ合って感じたこと

ロケ地となったのは、岐阜県飛騨市。ここでメインキャストとなる7名の少年たちを中心に、約3週間におよぶ合宿生活での足立組の撮影が始まった。自身も子供を育てている身であることを公言している足立監督だが、彼らとのコミュニケーションから感じたことはあっただろうか。

「“今の子供”なんて言われますけど、本作のキャストの子たちは、結局のところみんな“いい子”ってことになっちゃいますよ(笑)。撮影前の稽古から撮影後のレッドカーペットやイベントまで、半年強一緒にすごしてきましたが、やっぱり、いつの時代でもたいていの子は、親以外の前では素直でいい子なんですよ。僕は教師でも保育士でもないので、多くの子を見ている訳ではありませんが、僕たちの頃と本質的には変わらない気がしています。小学生くらいは。もう少し世の中が見えてくる中学生くらいになると、今の大人のダメな部分が露呈しすぎていて、俺たちもあの程度の人間にしかなれないなという諦念が見え隠れしている気はしますが」

逆にキャストの親御さんたちとは共感することもしきりだったそう。

「例えば、どうしたらスマホ時間を減らせられるか?なんて話題で親御さんと話すと、現場では利発な子たちが、実は我が子よりもっとスマホにどっぷりだったりして(笑)。とすると、我が子も、よその大人の前ではきちんとしているんだろうな、とも思いますし。結局、この経験からは、子供というのは、親だけに育てられていると、ろくなことがないんじゃないかという結論に至りました(笑)。親以外の大人といると良い子であろうとするので、その時間は悪くないだろうなと思った次第です」

撮影現場は、子役たちと同世代の子を持つ親としての気づきの場にもなっていたようだ。

足立紳/Shin Adachi
1972年鳥取県生まれ。日本映画学校(現・日本映画大学)を卒業後、相米慎二監督に師事。脚本を手がけた『百円の恋』が2014年に映画化され、翌年第39回日本アカデミー賞・最優秀脚本賞に。以降、映画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』(’17)ほか、ドラマ『拾われた男』など、担当脚本多数。監督としては、『14の夜』(’16)『喜劇 愛妻物語』(’20)でメガホンを取る。『乳房に蚊』『それでも俺は、妻としたい』などの小説も上梓。2023年10月スタートのNHK連続テレビ小説「ブギウギ」の脚本も要注目だ。

価値観のアップデートとも正直に向き合うのが、足立流

作品の大元となるシナリオが生まれた2000年前後と大きく変わったのは、フェミニズムやマイノリティへの目線だろう。人間の偽らざる感情に向き合う足立監督だけに、アップデートされていく価値観とはどのように向き合い、ひいては作品世界の構築に活かしているのだろうか。

「このままでいい、とはまったく思っていないんです。特に妻はそういう点に関しても口うるさいほうなので、日常で嫌というほど向き合わされているんですよ。頭で理解する一方で、変わりきれない僕自身もいますし、実際、どう変わっていいかもわからない。

僕の描く男の主人公は、だいたい自分に重ねる形ですから、もし、そうした題材に真正面から向き合うとしたら、ありのままを描くことになるんでしょうね。

人間ですから、どうしても合わせきれない、拭いきれない“何か”はあるんです。そうした思いを“ないこと”にしてしまうと嘘になってしまう。女の人をそうした目線で見ちゃうんだよ、というありのままを曝け出しながら、お前はそれではまったくダメなんだ!ということも突き付けて、でもそのダメさもかすかに肯定しながら描きたい。ものすごく偉そうなことを言うと、地球上にいるすべての人を肯定する感じです。自分にはできっこありませんが」

人間ひとりひとりをつぶさに観察し描いていく足立監督だからこそ、“あるもの”を“ないもの”とはできないのだろう。もちろんそうしたなかには、被差別側への思いも致している。

「今まで、いろいろと苦しんできた人、今も苦しんでいるんだなという人が声をあげられなかった社会は当然良くないですが、どうしても変われないという人もいるかもしれない。みんなでより良くなっていきましょうよという社会だといいと思いますが、どうすればいいんですかねえ。僕はなかなか変われないので、無理にでも表面上だけでも変わろうということで、ボランティアに参加したり、困っている人と関わるということを無理やりにやっています。無理やりって言葉はいかがなものかとも思うけれど、そうでもしないと僕という人間は世の中を見ようとしないので。

SDG’sのゴールが、すべての人をおいてけぼりにしない、ということならば、僕みたいに全然時代に追いつけていない人も、おいてけぼりにしないで!とも言いたいですし。僕のようになかなか変われない人も排除せずに丁寧にみんなで変わっていければと」

自身の未熟さも受け入れつつ、新たな価値観を獲得しようともがきながら、それでも格好悪い人を描き続ける。「まだまだ、描きたいストーリーは山ほどある」という足立監督の、未来のストーリーもまた気になるばかりだ。

『雑魚どもよ、大志を抱け!』
出演:池川侑希弥(Boys be/関西ジャニーズ Jr.)、田代輝、白石葵一、松藤史恩、臼田あさ美、永瀬正敏ほか
原作・脚本・監督:足立紳 脚本:松本稔
配給:東映ビデオ|2022年|日本映画|上映時間145分
2023年3月24日(金)より全国順次公開
©︎2022「雑魚どもよ、大志を抱け!」製作委員会

TEXT=高村将司

PHOTOGRAPH=杉田裕一

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