PERSON

2023.02.17

【鈴木誠也】「壁にぶち当たりたい」WBCのキーマンが語った苦悩と挑戦

どこか野球にワクワクできない自分がいた。そんな自分がもどかしく、舞台をアメリカに移した鈴木誠也。2022年の1年目はさまざまな苦悩と壁にぶち当たり、時に呆然とした。「やるべきことはわかっているし、できる自信もある」。2023年3月に開幕するWBCでもその活躍が期待されている、日本屈指の強打の外野手に話を聞いた。

ベンチに座る鈴木誠也の横顔

「もうアメリカに慣れた。2年目やったります!」

侍たちが集結する。

大谷翔平とダルビッシュ有というメジャーリーグのスター選手がいて、最年少で三冠王となった村上宗隆がいる。2023年3月に開催されるワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で3大会ぶりの世界一に挑む野球日本代表「侍ジャパン」には、史上最強にふさわしいメンバーが揃う。

東京五輪で4番バッターとして金メダル獲得に貢献し、シカゴ・カブスでプレイする鈴木誠也は、最強を彩るチームの重要なピースだった。

「そりゃあ、出たいですよ」

かねてより本人もそのように望んでいたなか、自身のSNSでWBC参戦を表明した。

シーズンオフ、鈴木は都内のトレーニング施設で汗を流す。その熱量は、雄々しく隆起した肉体から伝わってくる。

「来季に関しては、『やってやろう!』という気持ちがいつも以上に強いですね。それくらい、今は充実したオフを過ごせていますし、むしろ『早くシーズンが来てほしいな』って」。

鈴木は広島東洋カープに入団してから、シーズンオフを重要視している。「ここで練習すれば他の選手との差を広げられる」と鍛練を重ね、チーム不動の4番バッターとなった。

鈴木誠也と新型ディフェンダー

日本に帰国しトレーニング中の鈴木選手に話を聞いた。移動には新型ディフェンダーを使用。

そんな彼が「来季に関しては」と切り出したのには理由がある。持っているはずの情熱に、ぽっかりと穴が開いたような気分。この数年、鈴木はそんな虚無感と向き合いながら戦っていた。

若手有望株として期待されていた2015年。この年にメジャーリーグから古巣のカープに復帰した黒田博樹から、野球の世界が広いことを教わった。

「日本で活躍するというだけの目標ではなくて、世界にはもっとすごいプレーヤーもいる。もっと上を目指したほうがいい」

鈴木はそこで、エンゼルスのマイク・トラウトの存在を知った。前年に36ホームランを記録するなど、すでにチームの中心選手である同世代のスラッガーに刺激を受ける。「野球に対する意識や取り組みがすごく変わった」と、大きな転機となった。

2015年にレギュラーとなり、2018年までチームの主軸となってセ・リーグ3連覇を達成した。一方、打率3割を毎年残すチームの中心選手でありながら、どこか違和感を抱く自分がいた。鈴木には「壁にぶち当たりたい」という覚悟も内在していたのだ。初めて首位打者となった2019年には、そのことをはっきりと認識し、大事な時期だと位置づけているシーズンオフですら、淡々と過ごすようになってしまった。

「なんか『オフが終わると、また同じようなシーズンが始まっちゃうのか……』って思い始めちゃったんですよね。それまでのメラメラしていた気持ちに邪魔が入るような感じというか、そんな自分が嫌でした。野球がすごく好きなのに、熱が入らないこの状況をなんとか変えないとって思うようになりました」

鈴木にとってその変化こそ、メジャーリーグへの挑戦だった。

2019年から鈴木は球団に自らの意思を示し続けた。誰からも快く送り出されるくらい圧倒的な数字を残すと自分に課し、6年連続打率3割、自己最多の38ホームランを記録した2021年オフ、ようやく鈴木は新たな扉を開けたのである。

「勝負しに行く」

鈴木が公の場で表明した宣言には、「力を試す」といった意味合い以上の深謀があった。

「苦しみたいって言うとおかしいんですけど、壁にぶつかりたいというか。自信があるわけではなかったんで、日本と同じような成績を出せるなんて思っていなかったし、『また一(いち)から新しいことに挑戦する』って感じで。失敗も覚悟していました」

すべり込む鈴木誠也

野球が嫌いになりそうになった

メジャーでのスタートは上々だった。開幕した2022年4月は打率2割7分9厘、4ホームラン、14打点。カブスが所属するナショナル・リーグの月間最優秀新人に選出された。しかし、実績をリセットして海を渡った鈴木にとって、その1ヵ月間の数字は、「メジャーでも通用する」という根拠にはなりえない。

まず、環境がまるで違う。毎日が初対戦のピッチャーで、日本では数人しかいない160kmオーバーの選手がアメリカには無数に存在する。変化球の種類や軌道、攻められ方など、日本野球との差異を挙げればきりがない。だからこそ、「いろんなボールを体感して慣れていくために、多く打席に立ちたい」と考えていたが、2022年5月に左手薬指を痛め1ヵ月ほど戦線を離脱。鈴木にとって大きな痛手だった。

グラウンドの外でも、大国アメリカの「当たり前」が、日本人の自分にとっていかにそうではないかを痛感していた。

足元のゴミをサッと拾う。「なんで拾うんだ? 清掃員の仕事を奪っちゃダメだろ」

日本では当たり前で、むしろ美徳とされている行為を否定される。「わけわかんなかったですね」。そう言って鈴木は笑う。

「アメリカっていろんな場所から人が来ているんで、それぞれの国の文化ってあるじゃないですか。日本人って、基本はみんな同じように動くけど、ここではそんな常識が当てはまらないんだなって勉強にはなりました。最初は戸惑いましたけど」

ストレスが日々、鈴木を襲い、膨れ上がっていく。「ここを踏ん張れば」と前向きになれたと思えば、「本当にしんどい」と俯いてしまう。鈴木は、当時の心境を正直に明かした。

「野球が嫌いになりそうな時期もありました」

そんなアンバランスな精神をプラスにつなぎ止められた背景に、鈴木が日本で培ったメンタリティがあった。

広島の若手時代、先輩の新井貴浩に、顔を合わせるたびに「我慢だぞ」と言われていた時期があった。鈴木は無意識に、その新井の言葉を反芻(はんすう)するようになっていた。

「自分で決めた道なんで逃げたくなかったし、『向かっていかないとダメだ』ってずっと思いながらやっていたんで。で、我慢していたら一線を越えました(笑)。限界が来て、吹っ切れました。そこからはすごく気持ちが楽になれましたね」

鈴木は自我を解放した。

新型ディフェンダーから降りる鈴木誠也
メジャーは日本以上のデータ社会で、チームから「もっとデータを活用しろ」と言われていた。だが、確率より打席での肌感覚を優先する鈴木は、機知を交えこう返せるようになった。

「俺はバカだから、数字は苦手なんだ。頭が痛くなっちゃうし、あんま見せないでくれ」

そして、ゴミが落ちていれば躊躇せずに拾う。それが自分らしさなのだと、鈴木は自分の意見を主張できるようになった。

「日本にいる時は、自分から主張するって考えがなくて。でもアメリカはよくコミュニケーションをとってくるので『もっと自分の口で伝えないとな』と思えるようになりましたね」

その反面、試合での鈴木は感情を全面に出すタイプだった。それが、婦人の出産が間近に迫った2022年9月、打席で奇妙な自分と対峙することになったという。

いつもなら、チャンスで打てなかったりすると悔しがり、バットを地面に叩きつける自分がいた。広島時代からそういった感情的な態度を咎められることがあり、自責の念を抱きつつも、闘争心の表れだと肯定的に捉えていた。それが、突如といっていいくらいなくなったのだ。

「『牙を抜かれたのかな?』って思う時もあるんですよ。でも、野球ってやっぱり楽しいスポーツだし、自分の子供に父親のそういう姿を見てもらいたいじゃないですか。試合を観に来てくれた人たちにも、僕ひとりの行動で『つまらない』と思われるのも嫌ですからね」

ワクワクしないことには野球を楽しめない

壁に挑んだメジャー1年目。鈴木は111試合に出場し、打率2割6分2厘、14ホームラン、46打点でシーズンを終えた。3割が当たり前だった広島時代に比べると、数字の上では物足りない。ただ鈴木は、「ホームラン10本も打てないと思っていたんで」と、現実を甘受している。かつて虚しさを覚えるほどだった自分の心に、再び火が灯る。ストレスを乗り越え、原点の野球を楽しむ姿勢も取り戻した。

鈴木はここにこそ、アメリカに来た真意を見出しているのだ。

「1年目でいろいろ勉強できたんで、今はワクワクしてます。いい感じです」

カブスでの2年目のシーズンが始まる。いや、その前に鈴木は日の丸を背負いWBCを戦う。

人々が固唾(かたず)をのみ、打席を見守る。緊張感はある。でもきっと、彼の顔には笑みがあり、プレイには躍動感が漲っている。

世界中が、鈴木誠也の純粋で、真っ直ぐな野球に触れることになる。

新型ディフェンダーを運転する鈴木誠也

新型ディフェンダーに乗る鈴木誠也

鈴木誠也/Seiya Suzuki
1994年東京都生まれ。シカゴ・カブス所属の外野手。広島東洋カープにドラフト2位で入団。2016年からセ・リーグ3連覇を牽引。東京五輪では日本代表の主軸として、金メダル獲得に貢献した。スピード感溢れるプレイで走攻守が揃うユーティリティプレイヤー。

TEXT=田口元義

PHOTOGRAPH=鈴木規仁、AFLO

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