PERSON

2022.10.27

ゆず・北川悠仁が“歩くパワースポット”と称する小平奈緒。現役最後のレースで有終の滑り

2022年10月22日、新シーズンの幕開けを告げる全日本距離別選手権の女子500mで現役最後のレースを終えた小平奈緒。スピードスケート女子の第一人者が第二の人生へ。連載「アスリート・サバイブル」とは……

小平奈緒

第二の人生のスタート。鳥肌を超えて心が震えて飛び出てきそう

想像を上回る至極のフィナーレが待っていた。最後の舞台に選んだのは1998年長野五輪が開催されたエムウェーブ。満員6,085人の観衆の温かい拍手に包まれ、スピードスケート女子の第一人者が強い姿のままリンクを去った。

「今日の空間は五輪以上の宝物になった。過去の自分には届かなかったが、夢見てきた満員のお客さんのなかで滑れたことは財産。皆さんのぬくもりを感じながらスケートリンクを去ることは幸せ」

2022年10月22日、新シーズンの幕開けを告げる全日本距離別選手権の女子500mで小平奈緒(36歳・相沢病院)が現役最後のレースを迎えた。’18年平昌五輪で金メダルを獲得した本命種目を37秒47で制し、8年連続13回目の優勝を達成。自身が’17年にマークした大会記録には0秒22届かなかったが、この種目の北京五輪銀メダリストの高木美帆(28歳・日体大職)を0秒69差で抑えた。

12組中11組に登場して、その時点でトップに立った。熱狂する観客に対し、小平は両手を抑えるジェスチャーでボルテージを下げるように要求。優勝を争う高木が滑る最終組への配慮だった。引退レースでも周囲への気遣いは変わらない。優勝が決まると「氷と親友になれたかな。もっと涙でいっぱいになるかなと思っていたけど、すごく楽しかった。ワクワクして大好きなスケートを滑る。ありのままを表現できた。涙はうれし涙です」と目頭を押さえた。

1998年長野五輪の熱狂をテレビ画面越しに感じ、五輪を目指すようになった。’22年4月に現役引退を表明し、エムウェーブをラストレースの舞台に選んだのは24年前の雰囲気を再現したかったからだ。’98年五輪以来の満員となった会場の熱気を肌で感じ「人生で初めて鳥肌が立ったのが長野五輪。(今日は)鳥肌を超えて心が震えて飛び出てきそうな感じでした」と感慨に浸った。

今季開幕戦の1本のレースのためだけに、過酷な夏場の練習を乗り越えた。2年間を過ごしたオランダ時代のチームメートからは「たった1レースのために、長い夏を過ごすの?」と驚かれたが「モチベーションは上がりっぱなしで少しも下がらなかった」と充実の夏を過ごした。

’22年8月にはショートトラックの1000mのタイムトライアルで自己ベストを更新。’05年から指導する結城匡啓コーチは北京五輪直前の1月に捻挫した右足首の靱帯(じんたい)が2本切れていたことを明かし「去年のこの時期よりパフォーマンスがいいのはとんでもないこと。シナリオを書いてもなかなかできない。やると決めたらやる覚悟には、アスリートを超えた人間としてのすごみがある。本当に素晴らしいレースだった」と目を細めた。

この日の全競技終了後には引退セレモニーが開かれた。現役時代に小平とライバル関係だった元韓国代表の李相花(イサンファ)さんがビデオメッセージを寄せ「これからも奈緒の未来を応援するよ。もう緊張しなくていいし、心配もしなくていい」とエール。’18年から親交のあるフォークデュオゆずの北川悠仁もビデオ出演し「最初に会った時に、こんなにまっすぐで誠実な方が人間界にいるのだと驚いた。歩くパワースポットみたいだと感動しました」と語った。

記者会見で小平は引退レースの点数を問われ「点数はつけません。唯一無二です。自分のことを数字で評価はしません。人生に満点はない。数字で測ってはいけない」と返答。今後は相沢病院所属のままで、母校・信州大の特任教授に就任し、1年生を対象にしたキャリア形成や健康科学に関連する授業の一部を担当する。講演やスケート教室などのイベント活動も積極的に行う方針で「慣れない舞台での活動が増えますが、“知るを愉しむ”と“唯一無二の自己表現”という、これまでと変わらないテーマを探求したい」と意欲を見せた。

現在使用するスケート靴は大学1年時に今は亡き祖父に購入してもらったもの。何度も修理を繰り返し18年も愛用してきた。「体の一部」と表現する相棒を脱ぎ「スケートリンクを越えたフィールドに元気よく飛び出したい。歩みを止めたらそこで終わってしまう。私の歩みはまだまだ続きます」と宣言した。

座右の銘は「明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい」(ガンジー)。第二の人生も34年間の現役生活と同様に「知るを愉しむ」をモットーに全力で駆け抜けるのだろう。

Nao Kodaira
1986年5月26日、長野県茅野市生まれ。3人姉妹の末っ子で、姉の影響で2歳からスケートを始める。伊那西高、信州大を経て、現在は相沢病院に所属。2014年ソチ五輪後から2年間、オランダに留学した。五輪は4大会連続出場し、初出場した’10年バンクーバーの女子団体追い抜きで銀。’18年平昌五輪は500mで金、1000mで銀を手にした。趣味はコーヒー。1m65cm、60kg。A型。

■連載「アスリート・サバイブル」とは……
時代を自らサバイブするアスリートたちは、先の見えない日々のなかでどんな思考を抱き、行動しているのだろうか。本連載「アスリート・サバイブル」では、スポーツ界に暮らす人物の挑戦や舞台裏の姿を追う。

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TEXT=木本新也

PHOTOGRAPH=アフロスポーツ

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