大学で教鞭をとる傍ら、歯に衣着せぬ発言でメディアでも活躍する岸博幸氏。小学6年生の息子と4年生の娘の父だが、本人いわく、「僕の子育ては、まったく参考にならないと思いますよ」と。世間の風潮とは一線を画す岸流教育について聞いた。連載「イノベーターの子育て論」とは……
勉強も仕事も、必要なのは“集中力”
名門・都立日比谷高校から一橋大学に進み、卒業後は通産省(現経産省)に入省と、絵に描いたようなエリート街道を歩んできた岸博幸氏。さぞや教育熱心な家庭に育ったのだろうと思いきや、「両親は教育にあまり関心がなく、ほぼ野放し状態でした」と明かす。岸氏が生まれたのは1962年。大都市圏といえども中学受験はまだ一般的でなく、親の教育熱も今よりずっと低かった時代だ。岸氏の両親の姿勢は、当時としては、ごく当たり前のことだったのだろう。
とはいえ、そこは鋭い視点と舌鋒で、世の中を斬る岸博幸。自らが受けた教育のメリット・デメリットを踏まえ、国内外の教育に関する論文やリサーチにも目を通し、子育てに反映しているというからさすがだ。では、実際はどんな教育を?
「子供時代に身に着けさせるべきは集中力。これに勝るものはありません。理由はシンプルで、集中力がないと、勉強も仕事でもできないから」
岸氏が参考にしたのは、アメリカで教育が進んでいるといわれるエリアや北欧で支持されている教育論。それによると、変化のスピードが速い時代を生き抜くために子供が身に着けるべきは、自分で問題を設定できる能力、クリエイティブな問題解決能力、そして、コミュニケーション能力の3つだそうだ。
「学校では先生が問題を提示してくれますが、社会に出たら、何が問題かを自ら発見し、設定しなくてはなりません。解決策にしても、ネットで検索すれば出てくるようなものは、すでに世に広まっているのだから価値はなく、自分の頭を使い、創意工夫して導くことが求められます。コミュニケーション能力は、言わずもがな。仕事では、ひとりでできることなんて限られていて、チームで動くことが中心。どんな仕事も、コミュニケーションが取れなければ成り立ちませんからね。そして、問題設定能力とクリエイティブな解決能力に必要とされるのが、集中力なんです」
マルチタスクが集中力を劣化させる
物事の細部に気づく、深く考察する、本質を見極める、新しいアイデアを思いつく、的確に遂行する。これらは、確かに集中力を欠いていてはできないこと。ところが、この集中力、子供どころか大人でも、よほど意識しないと衰えてしまうらしい。その主な原因は、デジタルの普及によるマルチタスクの常習化だ。
「パソコンで仕事をしている時のことを思い浮かべるとわかりやすいんですが、Wordで文書を作成しながら、ネット検索をし、メールがくればそれを開く。マルチタスクが可能なあまり、ひとつのことを集中して作業することがなくなっているんですよ。スマホなんて、その最たるもの。興味のあるサイトや記事が画面に表示される度にタップしていて、じっくり読み込むなんてしていないでしょう? それでは、集中力がつくはずありません。だから、我が家では集中力がつくまでは、スマホ禁止。長男は小6になって、ようやく集中できるようになってきたので与えましたが、娘はまだ先。YouTubeだって見せていませんよ」
岸氏によれば、デジタルを活用したマルチタスクは、脳科学的にも弊害が大きいことが証明されているという。画面に次々と現れるものを表面的に読むだけでは、脳内の短期記憶を司る部位に知識が一時的に保管されるだけで、遠からず忘れてしまう。対して、ひとつのものを、じっくり集中して深く読み込んだ場合は、長期記憶を司る部位に蓄積されていた知識を引っ張り出し、新たな知識と結びつけ、深い洞察ができるようになるそうだ。
「何かをしながら、なんとなくテレビをつけているのもマルチタスクの一種。子供に禁じていることを親がやるのは良くないので、妻にも、テレビの“ながら見”は禁止しています」
では、子供の集中力を養うために何をしているのかと尋ねると、「空手ですね」という意外な答えが返ってきた。その理由は、型を覚えるには、師範の動きを集中して見る必要があり、ケガをしないためには、集中して演技しなければならないからだとか。
「自宅では、子供たちに時間を決めて勉強させていますが、これも、学力向上というより集中力をつけさせるため。集中して物事に取り組む訓練として、強制的に勉強をさせているんです。その際、大事にしているのはメリハリ。40分集中して勉強したら、後の20分は自由にしていいなど、オンとオフを明確にしています。大人も同じで、週末デジタル・デトックスするより、この時間はスマホを見ていいけれど、この時間は触らないなど、1日の中でメリハリをつけた方が、集中力は養われるんですよ」
英語が上手に話せることより、何を語れるか
子供たちに勉強させるのは集中力を養うため。ゆえに、「学校のテストで点が取れなくても怒ることはない」と、岸氏。英語といった幼少期の学びにも、まったく重きを置いていなかったそうだ。
「僕は、早期教育にはまったく意味がないと思っています。小さい頃から英語を習わせるといっても、せいぜい週1、2回、数十分程度ですよね。それでは、習得できません。ならば、インターナショナルスクールに通えばいいかというと、それも違う。インターフェース的な英語を身に着けたからといって、さほど強みにはならないと思いますよ。僕は、留学や外国人といっしょに働いた経験もありますが、そこで実感したのは、内容がきちんとあれば、下手くそな英語でも相手が聞く耳を持ってくれるということ。言葉はツールでしかないんです」
留学に関しては、学校はもちろん、寮やホームステイ先で、どんな人と過ごすかが大きいとも指摘する。多感な時期は、周囲の影響をことさら受けやすい。良い刺激を得ることもあれば、悪い影響を与えられてしまうこともある。本人が、自分の価値観をしっかり持つまでは、親の元に置いた方がいいというのが、岸氏の考えだ。
「小学生までは人間形成の過程で、言い方は悪いけれど、猿と同じ。だから、親がある程度管理し、導く必要があると思っています。僕は、昭和のオヤジですからね」
“ほめて育てる“が声高に叫ばれ、子供の自主性を重んじることが良しとされる時代に、あえて昭和のオヤジを貫く。後編は、その理由について語ってもらおう。
■後編は10月22日公開
■連載「イノベーターの子育て論」とは……
ニューノーマル時代をむかえ、価値観の大転換が起きている今。時代の流れをよみ、革新的なビジネスを生み出してきたイノベーターたちは、次世代の才能を育てることについてどう考えているのか!? 日本のビジネス界やエンタメ界を牽引する者たちの"子育て論"に迫る。