PERSON

2022.08.21

世界ランク9位のすし匠・中澤圭二、世界一好きなハワイをあえて去る理由

ハワイを代表する料理人たちは、己を鼓舞して前進をしていた。彼らの現在の心境、そして次の目標に迫る。【特集 涙するハワイ】

すし匠スタッフ集合写真

すし匠スタッフたち(中央右が店主の中澤圭二さん)。

世界に真の江戸前を発信していきたい

「ハワイの日本飲食店は今、バブルです」

『ハワイすし匠』の今を問うと、こちらの目をじっと見つめ、中澤圭二さんは真顔でそう答えた。だが、その状況を手放しに喜んでいる状況ではなさそうだ。

「日本に行けないニューヨークや西海岸の人たちが、ハワイに鮨を食べに来るんです。でも僕はコロナの辛さを忘れてはいけないと思っているんです」

2016年、中澤さんは大人気店『四谷すし匠』を後継に託し、ハワイに店を開いた。日本で獲れた最高品質の鮮魚を、海外に高値でどんどん買われていく食環境を憂慮(ゆうりょ)したからだ。それならハワイやアメリカ本土の魚を、江戸前の手当で旨い鮨に握ろうじゃないかと、ひとつの奇跡を起こすべく挑戦したのだ。世界のレストランランキングOADの全米エリア部門で、今年9位に選ばれたことからも、それは十分成功したと言える。

「ハワイでの6年は本当にいい勉強になりました。ロックダウンが2回。日本と違い、営業したら即逮捕という厳しいものでしたから、何かハワイの人たちのためにできないかと、5ドルのバラちらしのテイクアウトをしていたんです。外箱に2ドルかかるため、ネタを工夫し実質3ドル。がんばれハワイの気持ちでつくりました」

仕事が終わった後は、同じハワイで店を営む『焼き鳥あんどう』『鮨 銀座おのでら ハワイ』の店主らと話し合い、励まし合い、協力しあって、コロナの辛い時期を乗り越えた。

そんななか、中澤さんの心は少しずつ動いていた。

中澤圭二のメモ

中澤さんがメモで用意したALOHAの言葉の意味。「世界中がこの精神で生きれば、戦争なんて起きないはず」

「ロスやニューヨークに何度か足を運び、アメリカの空前の鮨ブームを目にしたんですが、メニューがロールから握りへと変わったとはいえ、どの鮨も足し算したものだったんです」

シンプルに食べてこそ美味しいイカにはウニがのり、キャビアがのり……。ネタ本来の味で勝負する店がないことを痛感。

「イカはイカ、ウニはウニで、素材の味を徹底的に引きだして食べてもらうのが江戸前。うちはサンタバーバラのウニを使っているんだけど、昆布で巻いて少しだけ蒸す。水分を飛ばしてウニの大好物の昆布を吸わせると、実に美味しいウニになる。これが江戸前の技術です。引き算こそが美学なのに、このままだと、足し算の鮨が世界的に江戸前と勘違いされてしまう。だから最後の力を振り絞って、情報発信源ともいえるニューヨークから、引き算の鮨を発信したいと考えるようになったんです」

鮨屋はさらしの商売と中澤さんはよく口にする。カウンターをはさんで職人の所作や会話、つくりだす空気も含めての仕事だということ。だからこそ、職人と客の間にダイレクトなコミュニケーションが生まれる。それが鮨の醍醐味でもあるのだ。

「職人も年をとるとなかなか謙虚になれない部分もでてきます。さらしをわかっていただけないお客様とのコミュニケーションが少しずつ辛くなった。自分は引きだしが増え、発信力は増したけれど、謙虚になりきれない。つまり旬じゃないと感じたんです。ちょうど善田泰司といういい職人も育ったし(次期店主)、自分は別の地でもう一度挑戦しようと思いました」

中澤さんは10月、世界一好きな場所、ハワイを後にする。「ハワイが大好き。アロハの精神が最高。ローカルの人って本当にいい人ばかり。でもね、正直もう一度自分と戦いたくなったんです。それをやり切ったら、あとはハワイに戻って寺子屋みたいな場所をつくりたいですね。今、うちにはマウイ島とテキサスから来たふたりのアメリカ人が働いているんだけど、素晴らしい若者。こういう子たちを集め、噛み砕いた教育と技術を教えるのが将来の夢かな」

中澤圭二

Keiji Nakazawa
1963年東京都生まれ。中学卒業後、15歳で料理の世界で修業を始め、26歳で自身の店『すし匠 さわ』を開き、1993年四谷に『すし匠』をオープン。現在では日本全国にのれん分けが20軒に。その後、2016年にハワイのザ・リッツ・カールトン・レジデンス・ワイキキビーチに出店した。

Sushi Sho(すし匠)
住所:383 The Ritz-Carlton Residences Waikiki Beach,383 Kalaimoku st.
TEL:808-729-9717(14:00~22:30)
営業時間:17:00~19:30、20:00~22:30(2部制)
定休日:月曜

【特集 涙するハワイ】

TEXT=今井 恵

PHOTOGRAPH=熊谷 晃

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