夕方のニュース番組『Nスタ』の顔である井上貴博アナウンサーは、この春、ラジオでのメインパーソナリティも務めることが決まった。異なるジャンルで喋りの力を見せることになるこの男、実はTBS内でも有数の熱血漢だった! その現場にゲーテが密着。テレビだけではわからない仕事人の素顔に迫る。
局アナにしか作れないラジオ番組に
「“局アナなめんじゃねぇ(笑)”って気持ちがあるんですよ」
夕方のニュース番組『Nスタ』のメインキャスターを務めるTBS井上貴博アナウンサーがぽつりと、しかしはっきりとそう言った。“なめんじゃねぇ”。夕方のニュースを爽やかにそして中立に伝えるそのイメージとはおよそかけ離れた言葉だ。
「局のアナウンサーが、番組でもっとメインをはれるようにならないといけない。僕らは喋りで勝負しているんですから。でもTBSの番組って局アナはだいたいアシスタント。メインはタレントさんなど外部の方という構図が多い。そんななかで自分は、局アナがメインキャスター、メインMCを担えると証明しないといけない」
そのためには『Nスタ』だけでは足りない、そう言わんばかりの井上は、この春始まるラジオのメインパーソナリティを勝ち取った。しかも井上のイメージにあるニュース番組ではなく、トーク番組だ。
「ラジオのトーク番組ってやっぱり深夜の芸人さんが人気だし面白い。だけど今回、せっかく局アナがメインパーソナリティをするのだから、局アナにしか作れないものにしたい」
そのために、井上は自ら番組のスポンサー回りに出向いたり、ロゴデザインの発注まで行った。タレントやフリーアナウンサーと違って、局アナは会社員だ。ましてや新卒から15年間TBSに在籍している井上にとって自社の特色と課題、そして会社として番組が目指すものを、他社やフリーランスの相手に伝えることは難しいことではない。局アナだからこそ、出演者でありながらスポンサーからクリエイターまで、一緒に話し合い番組を作っていけるのだ。
「スタッフや取材先と、直接話して、その意見を僕が直接番組で伝えられる。それが局アナの強みでしょう。それにラジオはテレビと比べてスタッフも少ないですから、リスナーの皆さんともその距離感でコミュニケーションを取りたい。実は、ラジオって怖いなって気持ちも大きい。テレビは視覚情報に頼ることができますが、ラジオは喋り一本で逃げ道がない。自分に負荷をかける意味でも、きっと何ものにも代えがたい経験になると思っています」
そもそも月曜から金曜まで毎日『Nスタ』の生放送がある。そこに土曜の生放送のラジオを入れるような井上だからこそ、メインパーソナリティを任せたのだと番組プロデューサーの服部貴普は語る。
「何十人、何百人の著名人の方に言われるんですよ、『ラジオをやりたい』って。井上だってそのひとりだった。けれど本気度が違ったんです。“今すぐ企画書を書こう”と真顔で言う。それに井上は無趣味で無色透明。彼をリスナーが育ててくれて、色がついていったら面白いなと」
Nスタ潜入! 井上貴博アナウンサーに密着
月〜金曜日まで毎日15:49〜19:00で生放送の『Nスタ』。約半日前にその日の放送内容が決まり、そこからは分単位で内容をつめていく。井上が5年間毎日行う放送前の準備に密着!
12:30 Nスタのスタッフで全体会議
午前中に決まった内容をスタッフ全体でつめていく会議。大人数のスタッフが関わるため、現在はオンラインで行われている。
お昼は局内の食堂のお弁当。「僕の身体はほとんどこの食堂のメニューでできています。特に魚弁当が好き」
13:30 ヘアメイク
局内のメイクルームにて。ヘアメイク中も新聞チェックを欠かさない。「資料にも目を通しますが、メイクさんとの会話も大事な情報源です」。
14:00頃〜 コーナー打ち合わせ
各取材担当者の席を井上が回り、情報を吸い上げる。政治ニュースから地方のグルメまで、その幅は広く井上も念入りにメモ。
15:40 スタジオ入り
ギリギリまで打ち合わせをし、資料やメモを抱えていざスタジオへ。ニュースサブで待機するスタッフに「お願いします!」と挨拶する井上。
15:45 ネクタイピンをつける
ピンマイクを装着し、身だしなみを整え、最後にタイピンをつけて気持ちを引き締める。この日はワニのタイピンをつけて、生放送開始!
視聴者の方に楽しんでもらいたいと2年前から毎日個性的なタイピンをつけるように。そのコレクションは現在102本。日々増え続けている。
15:49 番組放送開始
複数あるカメラを意識しながら全体の進行をしていく井上。緊張感があるなかでも、カメラマンや周りのスタッフたちは笑顔で動く。
18:30頃〜 ニュースを重点的に
主要なニュースや関心事を身近な問題、テーマに落としこんで掘り下げて伝える。ホラン千秋キャスターとの息の合ったトークも。
ここで生放送中のキャスター席を覗き見!
【電子辞書】言葉の正しい意味をすぐに調べられるよう、生放送中も電子辞書を携帯。(左)
【資料の山】資料を持ちこみ生放送の合間で確認。気になったことや感想がメモされている。(中央左)
【目薬&リップクリーム】目が乾いては原稿が読めず、唇が乾いては発声に影響が。スタジオ内では必須品。(中央右)
【個包装のお菓子】3時間におよぶ生放送、CMの間にお菓子で栄養補給。しょっぱい系が好み。(右)
19:00 番組終了
怒濤の生放送が今日も終了。その後、井上は局内で、当日の録画をチェックしてスタッフとともに反省会。明日の放送に反省点を活かす。
井上貴博の3つの信条
1. 優等生発言をしない
アナウンサーとして誰も傷つけない言葉を探すのは大前提。けれど誰も傷つけない言葉は誰にも響かない。だから「いいこと」を言おうとしない。言いづらいことこそ言っていく。
2. 失敗を恐れず恥をかけ
噛まずにニュースを読むことが一番大事なら、AIがやればいい。うまく読むことじゃない、空気と温度をお伝えする。そのための失敗ならしたっていっこうに構わない。
3. 自分の仕事を常に疑う
15年そこそこ仕事をしただけで、ミスがなくなるはずがない。もしすでに完璧な仕事ができるなら辞めたほうがいい。常に自分を疑い、否定し、アップデートし続けていく。
※後編は4月23日(土)公開予定!