PERSON

2022.03.09

【宇野昌磨】「努力が実る」ということを知った瞬間──不定期連載「心震えるアスリートの流儀」Vol.3

人間の限界に挑戦するアスリートたち。肉体と精神をギリギリまで戦い続けるからこそ見える世界がある。競技はもとより、その裏側で起こっている人生の一端に迫る。【第二回 羽生結弦 答えは自分の中にある。「自信の塊」9歳の自分との対話】

写真:日刊スポーツ/アフロ

「失敗を恐れず、もっと挑戦するべきだった」

去る2月、北京五輪のフィギュアスケート男子で淡々とさらなる高みを目指す選手がいた。

遊園地で見るアトラクション待機列のように、曲がりくねった道の入り口付近で宇野昌磨(24=トヨタ自動車)は立ち止まった。2022年2月8日、中国・首都体育館。北京五輪フィギュアスケート男子ショートプログラム(SP)後、選手を待つ取材エリアは各国記者で混雑していた。

「向こうに行かなくて、大丈夫ですか?」

動線のさらに先には、長年背中を追ってきた羽生結弦(ANA)を待つ大勢の報道陣がいた。宇野は開口一番でそんな気遣いを見せ、数えられる程度の記者に向かって、あるジャンプの出来を静かに振り返った。

「これは試合で失敗し続けないと、身に着かないものなのかなと感じました」

それは見た目で唯一、足を引っ張ったジャンプだった。3本組み込めるジャンプの2本目。4回転―3回転の連続トーループ着氷時、わずかに右手を氷についた。出来栄え点は0・14点の減点。SP世界歴代4位となる自己最高の105・90点で3位発進したが、仮に加点であれば、さらに数点の上積みが可能だった。

今季は優勝を飾った2021年11月のグランプリ(GP)シリーズ第4戦NHK杯でも、4回転―2回転で演技をまとめた。「失敗を恐れず、もっと挑戦するべきだった」──。元々跳べていた4回転―3回転の後半を、試合ではとっさに2回転とする場面が続いた。

五輪期間中も35分間の公式練習で、4回転―3回転を10本跳んだことがあった。宇野にとって「失敗」は「前進」を意味した。ステファン・ランビエル・コーチには「手をついたけれど4回転―2回転で成功するより、価値のあるジャンプだったよ」と声をかけられた。フリーを前に言った。

「僕は練習につながる試合、『試合につながる練習』を求めています」

4年前、20歳で臨んだ平昌五輪も同様だった。銀メダル獲得後に振り返った。

「五輪だけを目指してやってきていなかった。最後まで、1つの試合でした」

練習は好きか──。そんな素朴な疑問の答えを、19歳の時に聞いたことがある。

「絶対にしなきゃいけないものです。試合でいい演技をするために必要なものと考えているので、好きかどうかは分からないです」

小学6年生で1つ上のカテゴリーである全日本ジュニア選手権3位。高校2年生でジュニア年代の日本一と世界一をつかんだ。そんな勲章ではなく、喜びを感じた瞬間があったという。

「ずっと(トリプル)アクセルが跳べなかった。『頑張らなきゃ』『やらなきゃ』ってやっていても、全然うまくならなかった。アクセルが跳べて、少しずつ戦えるようになってきた時に『努力が実る』ということを知った。やった分だけ成長するのが、うれしかったし、楽しかったんです」

トリプルアクセル(3回転半)習得に5年を要した。1日100本を跳んだこともあった。半ば強制的に課していた練習は、1つの成功を機に、主体的に成長を目指す時間へ変わった。試合は練習の成果を披露する場。競技会の大小を問わず、その考えが定着した。

中1日で迎えた北京五輪のフリー。銅メダルの結果が確定し、取材エリアで見せた表情は清々しかった。

「今日の演技がどうであれ、この順位というのは、4年間の成果なので素直にうれしいです。やはり根本的なものは変わらず、僕にとってはどの試合も特別です。次の世界選手権(3月、モンペリエ)に向けて、もっと成長できる。五輪が終わって考えていることは、一刻も早く練習し、もっともっとうまくなりたい」

2日後、姿は首都体育館敷地内の練習用リンクにあった。エキシビションに向けた調整ではなく、試合用の曲を流し、歯を食いしばりながら4回転ジャンプを何本も跳んだ。隣で滑っていた銀メダルの鍵山優真(18=オリエンタルバイオ/星槎)が思わず漏らした。

「昌磨くんを見ていると『僕もやらなきゃいけない』って、気合が入ります」

会場は五輪マークの装飾で彩られていた。特別感と日常のコントラストに、24歳の流儀が映し出された。

TEXT=松本 航

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