時代を超えた至高のヴィンテージには、現存するだけの価値、いい物語が紡がれている。仕事人6名が愛でる、古き良き逸品とのグッドストーリーとはーー。
歳月を経ることによって新たなページが刻まれる
「ヴィンテージ」はもともとワインに起源を持つ言葉。ワインの原料はご存知のとおりブドウであり、ヴィンテージとはそのブドウが収穫された年を指す。フランス語で収穫という意味の「ヴァンダンジュ」から派生した英単語らしい。
多くのシャンパンや一部のワインを除き、たいていのワインには収穫年が記載されているから、そういった意味ではスーパーマーケットで売っているチリカベも立派なヴィンテージワインと言えなくもない。しかし、一般にワイン通が言うヴィンテージワインとは、コレクションに値する古酒のことだ。
東京・品川区で秋津医院を営む秋津壽男院長は、ワイン専門誌にヴィンテージワインの記事を寄稿するほどのコニサーであり、所有するワインは1500本以上。つい最近もその記事を一冊にまとめた『古酒巡礼』を上梓したばかりである。
秋津院長がヴィンテージワインに目覚めたのは今から30年ほど前のこと。新宿のワインバーでブラインド、つまり銘柄を隠してだされた一本のワインが、秋津院長を一度ハマったら二度と抜けだせない古酒の沼へと引きずりこんだ。
「いろいろなワインを飲んできたので、これはこんな味だろうという『舌のチャート』と呼ぶべきデータベースが僕の頭の中にはあるんだけど、そのワインは今まで飲んだことのあるワインとまったく次元が異なり、言葉すら出ませんでした」
秋津院長にそこまで言わしめるワインはブルゴーニュの銘酒クロ・デ・ランブレイ。ヴィンテージは’30年代の偉大な年のひとつ1937年である。
著書をめくると出てくる出てくる銘酒の数々。俳優の石田純一さんと一緒に開けたドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティのリシュブール1954年、サンテミリオンの最高峰シャトー・オーゾンヌの1979年、シャンパンの王道ドン ペリニヨンの1969年などなど。これまで口にした最も古いワインは1865年のシャトー・ラフィット・ロッチルドだが、「これはほぼ水でした」と苦笑する。
ヴィンテージワインの醍醐味を、「ページの枚数」と秋津院長は言う。
「ワインは熟成の歳月を重ねれば重ねるほど、自らの物語に新たなページを刻みます。だから同じ銘柄、収穫年のワインでも、若いワインと50年熟成させたワインでは、味の深みや奥行きがまったく違うんですよ」
銘酒と呼ばれる偉大なボルドーやブルゴーニュに限らず、ごく日常的なワインでも、50年も寝かせると豹変する場合があるというから驚きである。
「一番感動したのは’60年代のボージョレ。若い頃はまるで面白くないのに、年をとるにつれて大化けしました」
ワインのヴィンテージには当たり年とはずれ年がある。多くのコレクターは長く寝かせるほど価値の上がる当たり年にばかり注目するが、秋津院長ははずれ年のワインにも積極的だ。
「僕は転売目的ではなく、誰かと楽しみを分かち合うために古酒を買っています。当たり年がおいしいのは当たり前。はずれ年には、はずれもあるけれど、期待以上のおいしさだった時の感動は、当たり年以上ですね」
見つけたら手に入れずにはいられないヴィンテージが生まれ年の1954年。ブルゴーニュはまあまあだが、ボルドーは天候に恵まれず厳しい年だ。秋津院長は’54年のワインを毎年必ず一本開けるという。
「言わば戦友のような存在。運よくおいしいと、自分ももっと頑張らねばと思うんです」