苦楽をともにした仲間、憧れのアートピース。椅子とは座るための単なる道具ではなく、その存在を紐解けば、人生の相棒とも呼べる存在であることがわかる。演出家・長塚圭史さんが愛でる椅子と、そのストーリーとは? 「最高の仕事を生む椅子」特集はこちら!
劇場を“ひらいて”いく
そのための交流の場
「椅子ってどういうわけか僕のイマジネーションを常に刺激するんです。舞台上では、椅子ひとつが、さまざまなものに変容しますから」
演出家・長塚圭史さんの作品には、時に椅子が列車や家など、重要な舞台装置の役割を果たすことが多い。長塚さんにとって椅子とは、座るというよりも空間を彩るものなのだという。
「子供の頃から、我が家には椅子がたくさんありました。座り心地は悪いけれど、ものを置くには丁度いい“捨て椅子”です。家の一角に溶けこんだような光景が好きでした。今でも映画館や修道院で使われていた古い椅子を買って、自宅に置いて眺めてみたりしています」
今年4月、KAAT神奈川芸術劇場の芸術監督に就任後、長塚さんはアトリウムと呼ばれるエントランスホールの窓際に、誰もが自由に使える椅子と机を設置した。
「劇場に来る目的が、お芝居でなくたっていい。劇場で待ち合わせたり、お喋りしたり。ここにいると居心地がいいと思える場所にしたい。予算は限られていましたが、さまざまな方が座るものですから、いろいろな椅子の座り心地を試して決めました。
この椅子で寛ぐ人たちが数年後、『ここって劇をやっていたんだ、観てみよう』となってくれればいい。この椅子が、導火線になってくれたら理想です」
現在、同劇場で9月に上演する「近松心中物語」に向け準備をする長塚さん。「元禄時代の話ですが、格差を問われる現在に、驚くほど重なる普遍的な物語」と作品を説明する。
そしてこの取材の間も、アトリウムの椅子に座って寛ぐ人がちらほら。自由に身動きのとれない今の時代のなかでも、長塚さんが仕かけた導火線には、着火が確実に始まっている。
KEISHI NAGATSUKA
1975年東京都生まれ。劇作家、演出家、俳優。’96年早稲田大学在学中に「阿佐ヶ谷スパイダース」結成。これまでに読売演劇大賞優秀演出家賞、朝日舞台芸術賞など受賞。2019年4月よりKAAT神奈川芸術劇場芸術参与、’21年4月には芸術監督に就任した。
近松心中物語
作:秋元松代/演出:長塚圭史
出演:田中哲司/松田龍平、笹本玲奈/石橋静河 ほか
音楽:スチャダラパー
会場:KAAT神奈川芸術劇場
日程:9月4日~20日
チケット発売中
近松門左衛門の「冥土の飛脚」などをもとに、境遇の違う男女二組の一途な恋を描く。蜷川幸雄の演出で上演された名作戯曲に長塚さんが挑む。