華々しいスポーツ業界で忘れてはならないのが、競技を盛り上げ、選手を支える裏方の存在。最先端テクノロジーを駆使したスポーツ×ITでアスリートをアップデートする開拓者、「ユーフォリア」に迫る。
選手のコンディションを“見える化”
ラグビーワールドカップ2015。日本代表は当時世界ランク3位の南アフリカと対戦し、34対32で勝利を収めた。
海外のメディアから「ワールドカップ史上最も衝撃的な結果」と報じられたこの一戦により、ラグビー日本代表はその名を世界へ轟かせた。一日にして英雄となったのは、選手たちだけではない。この勝利の背景にあったのが、ユーフォリアが開発・運営するアスリートのコンディション管理ソフト「ワンタップスポーツ」だ。
このアプリの操作はいたってシンプル。各選手がその日のコンディションを、スマートフォンやタブレットから入力。集められたデータはグラフや表組みなどに“見える化”され、チームのコーチやトレーナーが試合に向けてのトレーニング計画やピーキングに役立てていく。体調を毎日チェックすることで、ケガ防止にも役立つ優れものだ。
ユーフォリア共同代表の宮田誠氏にワンタップスポーツ開発の経緯を聞いた。「’08年に橋口寛とユーフォリアを設立。製造業やホテルをクライアントに、コンサル事業やソフトウェアの開発を行っていました。’12年、ラグビー日本代表チームの関係者から相談を受け、ミーティングに出向くと、強化スタッフとともにエディー・ジョーンズさんが現れました」
エディー・ジョーンズは、オーストラリア代表ヘッドコーチの経験もあるラグビー界の名将。’12年から日本代表のヘッドコーチを務めていた。
「そのエディーさんが言うんです。『日本代表は’19 年のワールドカップでベスト8という目標を立てている。そのためにフィジカルに関するあらゆるデータを可視化するツールをつくりたい』と。最終目標を明確にしたロジカルで戦略的なビジョンに引きこまれました。『ツールの開発はできるか?』と聞かれ、『できます』と即答しました」
半年間を費やして開発したソフト、ワンタップスポーツ。評判は上々だった。
「ワンタップスポーツは主観データと客観データの両立を重視しています。客観データとは選手本人の意思や気持ちには関係なく、実際の数値として集められるもの。体温や心拍数、睡眠時間、1日の摂取カロリー数、練習での走行距離などです。コンディショニングでは、そうした客観データに選手の主観を組み合わせて複合的に見ることが大切。その日の疲労感はどうか、練習は辛いと感じたのか、夜はよく眠れているのか、身体のどこかに違和感はあるのか。そうした主観を“今日の疲労感は100点中何点か”といった数値やコメントで入力する。『この選手が身体の異変を申しでるなんて珍しい。確かに体温や心拍数も高めだ。もしかしたら内科的疾患やケガの予兆かもしれない』などと分析できるわけなんです」
ラグビー日本代表は躍進を続けた。’19年のワールドカップでは、ベスト8という大きな目標を見事達成。日本中を熱狂させるチームの活躍により、ワンタップスポーツも快進撃を見せた。
「あらゆる競技で使えるのではないかという思いは以前からありました。でも、チームや競技団体に提案に出向いても門前払い。それが’15年のラグビー日本代表の活躍により、プロ・アマ問わず、さまざまなスポーツチームからの問い合わせが相次ぐようになりました。野球、サッカー、アイスホッケーと、新しい分野が次々に開けていく。そのなかには、詳しいルールや選手の名前をほとんど知らない競技もありました。その都度、猛勉強ですよ」
現ヴィッセル神戸の酒井高徳選手らの声で進化
アスリートの世界にワンタップスポーツが浸透していくなかで、いち早く自身の体調管理に取り入れたのが、ブンデスリーガや日本代表で活躍した現ヴィッセル神戸の酒井高徳選手だ。ユーフォリア共同代表の橋口寛氏は酒井選手について「アスリートの視点から、実際に使った感想や改善点など、率直な意見を出してくれました。ワンタップスポーツの共同研究者といえる存在です」と話す。そんな酒井選手にワンタップスポーツの魅力について尋ねた。
「本格的に使い始めたのは、’11年末にドイツに渡ってから。僕はドイツにいて、コンディションを見てくれるトレーナーやドクターは日本にいる。その距離を埋めてくれたのがワンタップスポーツです。トレーニングや体調に関することのほか、ドイツ時代は3食自炊をしていたので、食事の内容も詳しく入力していました。すると、即座に返事がくる。『免疫力を高めるためにビタミンCの摂取を増やすべき』などと。遠く離れていてもコンディショニングスタッフとのつながりが感じられ、海外生活ゆえの孤独感や精神的ストレスも軽減されました」
使い始めはアプリに課題点も感じたと酒井選手。その思いを橋口氏と宮田氏に遠慮することなく伝えたという。
「こうしたアプリは、飽きずに継続して使えることが重要。入力する項目数を絞り、負担なく続けられるような改善が必要ではないかと感じました。『これは省いてもいいのでは?』『この項目は医学的な分析には欠かせない』。そんなやりとりを繰り返して、アプリをカスタマイズしていったんです。今は、完璧な完成度。絶対に手放すことができない相棒のような存在です」
酒井選手はチームメートや後輩にも、利用を薦めている。
「若い選手にこそ、ワンタップスポーツを使ってほしい。というのも、一流のアスリートになるためには、人間性も一流を目指さなければならない。自分の管理さえできないようでは、一流になるのは到底無理な話です。若いうちは、人間性よりも技術を高めることばかりに力を注ぎがち。それだけではダメだと、早く気づいてほしいんです」
橋口氏と宮田氏も、まったく同じ思いを抱えている。
「高校の部活動にも、積極的にアプローチしています。若いうちからセルフコンディショニングの意識を高め、データを活用するのが当たり前の時代にしていきたい。それが日本のスポーツ界の底上げと発展につながると信じています」
Policy of EUPHORIA
01. 「楽しい」を大事に、徹底的に当事者であれ
02. 常に動き続け、コンタクトプレイを恐れない
03. スポーツを通じて、すべての人々をつないでいく
Hiroshi Hashiguchi(右)
ユーフォリア代表取締役。Co-CEO1970年熊本県生まれ。メルセデス・ベンツ日本法人勤務を経て、米国ダートマス大学Tuck SchoolにてMBA取得。アクセンチュアで経営戦略策定実行支援に従事した後、宮田氏と起業。
Makoto Miyata(左)
ユーフォリア代表取締役Co-CEO。1975年長野県生まれ。商社にてエネルギー貿易に従事。台湾にてエネルギー関連の新会社、ブリヂストンなどでのマーケティングキャリアを経て、スポーツの国際大会の主催・運営に携わる。