PERSON

2021.01.30

阿部勇樹が人生の師・オシムから学んだこと

阿部勇樹は輝かしい経歴の持ち主だが、自らは「僕は特別なものを持った選手じゃないから」と語る。だからこそ、「指揮官やチームメイトをはじめとした人々との出会いが貴重だった」と。誰と出会ったかということ以上に、その出会いにより、何を学び、どのような糧を得られたのか? それがキャリアを左右する。オシム編3回目。【阿部勇樹 〜一期一会、僕を形作った人たち~35】

どんな仕事、立場になっても、決断力は大切

「私の経験からして、このままチャンスを失い続けると負けるぞ」

2003年3月15日、ナビスコカップのセレッソ大阪戦。その年、監督に就任したオシム監督のもとで、初めての公式戦。相手のオウンゴールで僕ら千葉は1-0とリードしてハーフタイムを迎えていた。そのロッカールームで、イビチャ・オシム監督はそう口にした。

予想通りにならないように必死で戦ったが、後半に入り2失点し、僕らは敗れた。

「ミスばかりでは勝つことはできない。サッカー100年の歴史に基づいた傾向だよ」

オシムさんの言葉が新聞に掲載されています。

「歴史に基づいている」と話されているが、オシムさんのゲームを読む力に驚いた試合でした。

試合前に実施するミーティングでのオシムさんの言葉を思い出すと、いつも彼の頭のなかでは、ゲームが進んでいるということがわかります。

「こういうふうになるだろう」という話し通りにたいていの試合は進みました。試合はこれから行われるのに、ある程度の展開を予測できている、見えているんです。

とはいっても、サッカーですから、思い通りに進まないことも多数あります。ボールがどっちへ転ぶかわからないのと同じように。ピッチ上で冒される選手のミスは、監督にも予想できないはずです。

でも、わかっていること、確実なこともあるんだと思います。

そういう試合を読む力というのは、サッカーというスポーツに対する経験、知識を豊富に持っているだけでなく、イビチャ・オシムというサッカー人の感性や感覚があってこそ生まれるものでしょう。だから、誰にでもできるものではないのかもしれません。
 
オシムさんはとにかくサッカーが大好きで、2007年に病で倒れられて以降、現場からは離れていますが、現在79歳という高齢にかかわらず、欧州各国のリーグ戦や代表戦など、最先端のサッカーを見続けていらっしゃいます。日本代表の試合も同じように見てくれているそうです。

そうやってトレンドを追いながら、情報収集を欠かさないのは、千葉時代も同じでした。新しいものに触れて、発見を得て、進化し続けていく人でした。オシムさんが、最新情報をどのように消化し、どう考えていらっしゃるのかを伺う機会がもっとあればいいなと思います。

また、オシムさんは選手たちの様子を日々観察していたのも印象的で。言葉を交わすわけではないけれど、食事中や練習中の様子を見ながら、誰と誰の仲がいいのかとか、元気のある選手、元気のない選手などを熟知していました。

「練習で調子がいい」という理由で試合に抜擢した選手が活躍するということが何度かありました。それこそ、オシムさんの観察力、洞察力の高さの表れだと思います。

だから、オシムさんには「ジェフはこうなっていく」「日本のサッカーがこうなっていく」というのが見えていたと思います。

「なぜそういう選択をしたんだ?」

幾度となく、そう問われました。そういうときは、選手のアイデアを尊重したうえで、「しかしこう動けば、こちらが空くだろう?」と新しいアイデアを付け加えてくれました。同時にそれは、選手がさらなるアイデアを引き出すための助言でもありました。

だから、選手が新しいチャレンジをすると、それがたとえ失敗したとしても、目を細めてくれたんです。ほめてくれることはなかったけれど、それで十分でした。

決断の繰り返しだというのは、サッカーも人生も同じだと思います。

できるだけ多くのアイデアを出し、選択肢を用意し、決断して、行動する。

「今、これをすべきなのか?」を決めるのは自分自身。決断は自分でしなくちゃいけない。迷ってプレーするのではなく、いくつかの選択肢のなかから素早く選びとる必要があります。サッカーにおいて決断のスピードは、瞬時です。

トレーニングで繰り返したのは、状況という情報を集め、考えることで選択肢を増やし、最適なものを選ぶことだったと思います。そのために当時のジェフ、そして日本サッカーには、走ること、ボールを走らせることが重要だったのでしょう。

僕はオシムさんにサッカーを指導してもらいながら、人生も教えていただいたんだと思います。どんな仕事、立場になっても、決断力は大切。よりよい決断をするために、選択肢を増やす。アイデアを考える……。

オシムさんは僕にとって、人生の先生でもありました。

TEXT=寺野典子

PHOTOGRAPH=Getty Images

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