PERSON

2020.12.17

西山知義の京の古きよき歴史を学ぶ祇園・白川沿いの町家【隠れ家特集】

ハワイ、軽井沢、湘南など人をもてなし自分も趣味を楽しむ別邸を持つ、ダイニングイノベーション インベストメント founder 西山知義氏。今回、特別に祇園・白川沿いの隠れ家を公開してくれた。京都・祇園に別邸を構えた想いとはーー。

西山知義氏

清らかな白川の流れが、この地の由緒を教えてくれる

「かにかくに 祇園はこひし寝(ぬ)るときも 枕のしたを水のながるる」。花街祇園をこよなく愛した明治末期から昭和期にかけての歌人・吉井勇(いさむ)の短歌である。吉井勇がかつて通った祇園・白川沿いのお茶屋が、第二次世界対戦下に撤退を余儀なくされ、吉井はそのお茶屋を偲(しの)んでこの短歌を詠んだという。そして今も、歌を刻んだ「かにかくに碑」が白川畔に残る。

かにかくに碑

吉井勇の短歌を刻んだ歌碑。毎年11月にはこの場所に芸舞妓が集まり吉井を偲ぶ「かにかくに祭」が催される。

飲食店業界の風雲児・西山知義氏の別宅は、この歌碑からほど近い、祇園・白川を望む路地奥にある。周辺はバーや料理屋という華やかな花街ではあるが、白川側のこの邸宅は、どこかひっそりとしている。西山氏がハワイや軽井沢などに持つ、自然と一体化した豪快で壮大な別荘とは趣の異なる「ひそやかさ」があるのだ。別荘というよりは、別宅と呼びたくなる邸である。「せいりゅう庵」と名付けたのは、白川の清流のたもとという場所や、都の東方にあって御所を守護してきた神獣「青龍」が由来だという。さらには、西山の西は「せい」とも読むことから、この邸名がピタリときた。

この邸(やしき)には、冒頭の吉井勇の短歌を記した短冊の他、床の間にも晩秋の比叡山の風情を詠った吉井直筆の書が飾られている。

青龍拓本額

庵の名にちなみ、玄関には「青龍拓本額」が飾られる。

「もともと戦国時代や明治維新など日本史が好きなんですが、ここにはそのリアルな歴史がある。ご縁がつながって居を構えることになったんだから、これを機に、本質的な日本の歴史や伝統に触れたいと思うようになりました」

そう今の心境を話す。西山氏の心を京都暮らしへと向かわせたきっかけはひとめぼれだった。

石畳の道や巽橋

切通しと呼ばれる石畳の道や巽橋(たつみばし)など周辺には人気のスポットが数々ある。

「すべてはこの町家との出合いです。ここに来て、この地の物語や歴史を知ったこと、川を望む美しい眺めを見た途端、心が動きました。大阪へ出張で来た時に、たまたま不動産業の方から普通はめったにでないお薦めの物件が祇園にあると聞き、訪れたのがここでした。すごい場所にあるなあと、最初はただ驚きましたね」

その驚きがじわじわと心に響いた。江戸時代にタイムスリップしたかのような石畳が続く路地や風情ある景色は、他にはないと思えたのだ。京都に別宅を持つ人は多いが、そのほとんどがマンションを選ぶ。せっかく京都で過ごすなら、東京と同じではなく、より京都の文化に触れることができる一軒家、それも京都らしい和の家にしたい。

枝垂(しだれ)桜が美しいことで知られる南白川通りの側。祇園の四季を体感できる風情ある場所。

そんな気持ちがどこかにあったから「ここに居を構えたい」と思い、その場で購入を決めたという。2018年のことだ。

「僕がここを買って改装して過ごすことで、伝統的な建築物やこの町並みを残すことに、少しでもお役に立てるのではないかと思ったんです」

2階座敷の天井

2階座敷の天井。太い梁はそのまま残した。

早速、建築士に設計を依頼して、おおよそのプランを決め、改装にとりかかった。しかし、改築はそう簡単ではなかったという。歴史ある町家は、予想以上に朽(く)ちたり傷んだりしていたのだ。美観地区に指定されていることもあり、外観には大きく手を入れられない。結局、何本かの柱や梁、坪庭などはかろうじて残すことができたが、それ以外のほとんどを取り壊し、造り直すことになった。耐震なども考え、鉄骨で補強しつつ、聚楽壁(じゅらくへき)や網代(あじろ)天井、書院造りの床の間など代表的な和風建築を組みこむ改装が続けられた。

「長い時を経た町家です。内装もそれに添うものにしたいと思いました。家具や調度なども単なる和風ではなく、この場所に呼応するもの。京都が培ってきた伝統を映すものにしたかったんです」

「せいりゅう庵」の文字が浮かび上る。

京都らしい石畳の路地の突き当たりにひっそりと灯る行燈(あんどん)に「せいりゅう庵」の文字が浮かび上る。

調度は京都で骨董を商う美術商に相談して発注し、すべてが調ととのったのは、コロナ禍の自粛が緩んだ2020年秋だった。

完成した別宅は、往年のお茶屋を偲ばせる風情ある佇まいになった。1階は床の間のある座敷と風呂場、その間には光を取り入れる坪庭。2階は川を見下ろすベッドルームと2室の客間という間取り。客を招くこともあるが、どちらかというと自分自身が静かに過ごすための家にしたいと言う。明治維新の志士や吉井勇など先人たちのように、ここで川の流れを眺め、歴史に思いを馳せるのが願いだ。

お茶屋時代からの坪庭。希少な石で造られた灯籠や蹲(つくばい)などが残る。

「京都には日本の原点があるでしょう。お金では買えないものがたくさん残っています。50代は、そんな古きよきものから学ぶ、新たな成長の時期にしたいと、ここで過ごして改めて感じました」

ハワイ、軽井沢、湘南など人をもてなし自分も趣味を楽しむ場があり、またここ京都のように自分を見つめ直す場所もある。

「群馬蒔絵硯箱」

付書院に置かれる「群馬蒔絵硯箱」。

「三つ葉葵蒔絵謡曲本簞笥」

「三つ葉葵蒔絵謡曲本簞笥」(江戸中期)には、日本各地の猪口を仕舞って。

「金地棚下屏風」

床前に座ると見える舞楽を描いた江戸後期の「金地棚下屏風」一双。

「青龍紬下緑彩大壺」

玄関脇の「青龍紬下緑彩大壺」。

「何事も自分が体験してこそ価値がある」という西山氏らしい場づくり。これまでも縦横無尽に活躍の場を広げてきたレストラン界の風雲児のネクストステージは「和の追求」だろうか。

京都祇園からの古くて新しい西山氏の発信を、期待せずにはいられない。

 

西山知義氏(間取り図)

所在地:京都市東山区
敷地面積≒90平米
延べ床面積≒150平米
設計者:成戸顕治、志水親
構造:木造

 

Tomoyoshi Nishiyama

Tomoyoshi Nishiyama
1966年東京都生まれ。’96年に『牛角』1号店を開業し、7年間で1000店舗に。2012年「日本の食文化を世界に」をテーマに『ダイニングイノベーション』を設立。

TEXT=中井シノブ

PHOTOGRAPH=鞍留清隆

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