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2020.11.28

【阿部勇樹】今でも悔やむ! ミシャと優勝できなかったこと

阿部勇樹は輝かしい経歴の持ち主だが、自らは「僕は特別なものを持った選手じゃないから」と語る。だからこそ、「指揮官やチームメイトをはじめとした人々との出会いが貴重だった」と。誰と出会ったかということ以上に、その出会いにより、何を学び、どのような糧を得られたのか? それがキャリアを左右する。ミハイロ・ペトロヴィッチ編3回目。【阿部勇樹 〜一期一会、僕を形作った人たち~27】

阿部勇樹

ミシャとの別れ

2017年夏。ミシャ(ミハイロ・ペトロヴィッチ)が、浦和レッズから去った。

成績不振がその原因だ。

ピッチでプレーするのは選手自身だが、その結果の責任を取るのはいつも監督ということになる。どんな時も、成績不振で監督がチームを去る時、その原因を作った自分を責める。表向きには監督が責任をとってはいるものの、僕ら選手も十分、その責任を感じている。

ミシャはとにかく広い視野の持ち主で、いろいろなところを見ていた。選手だけでなく、周囲のスタッフ、クラブ職員、そしてファン・サポーターへの目配りも欠かせない。どういう状況でどういう仕事をしているのかなど、よく観察しているなという印象だ。ファン・サポーターの元へ足を運び、彼らと話をすることが何度もあった。成績が振るわず、?咤激励を飛ばすファン・サポーターの前へ進み出て、話し合っている。

(イビチャ・)オシムさんのもとで仕事をしていた人だから、オシムさん同様にサッカーに対しての熱量はとても高い。そして、オシムさん同様に優しい人だった。二人は違ったやり方でそれを示してくれた。

オシムさんには、厳しいという印象を持つ人が多いと思う。確かに連日厳しいトレーニングを課せられた当初は「キツイ、キツイ」ということばかりだったけれど、その後、試合をやると自分たちの変化が実感できた。厳しいトレーニングの成果は確実にある。これが僕らにとっては飴と鞭みたいな効果だった。飴は成長した自分自身を認識できることだ。ただ厳しいだけじゃない。練習の意味を理解できるのだ。思い返せば、僕らがハードなトレーニングをしているのを見ながら、オシムさんは目を細めることもたびたびあった。そういう笑顔に優しさを感じている。

そんなオシムさんと比べると、ミシャの選手との距離感は非常に近かった。あえて、選手と距離を置こうとする監督、オンとオフとをきっちりと分ける人も少なくない。それは指揮官のやり方だから、どちらが正解というわけでもないだろう。

たとえば、スタメンを外れた時、ベンチを外れた時、選手に声をかけて、その理由を説明してくれることもたびたびあった。ベテラン選手に敬意を払う姿勢も含めて、選手一人ひとりの気持ちに寄り添おうとしてくれた。「そこまで気を使わなくても大丈夫ですよ」と思うこともあったけれど、気を配りながらも、裏表なく、ズバッと話をしてくれる人。だから、信頼度が高くなるんだと思う。

そして、いつも選手が挑戦しやすくする、チャレンジしようと思わせる言い回しをしてくれる。単純に褒めて伸ばすというわけじゃない。「自分たちにはできるんだ」という気持ちと「やらなくちゃいけない」「何ができるか」を自発的に考えられるよう促してくれる。
そんなミシャにも厳しさはある。それは、求める要求が年々高くなっていくこと。それはオシムさんと同じだろう。そこにとどまるのではなく、成長を後押しするように背中を押してくれた。

また、やってきたことを試合で出せなかった時には、ミシャに強い口調で叱責された。ヨーロッパでも監督をされていた方だから、そういう熱さも当然だろう。ミシャには優しくて温かい人柄という印象を持つ人も多いだろうけれど、感情を出す、怒りをあらわにするところがなければ、ダメだと思う。逆にそのギャップがあるからこそ、温かみを感じるんだと思う。

2012年リーグ3位。2013年ナビスコカップ(現ルヴァンカップ)準優勝。2014年リーグ2位。2015年ファーストステージ優勝年間3位、天皇杯準優勝。2016年セカンドステージ優勝年間2位。
 
毎シーズン、タイトルの近くまで行きながらも、結局ミシャにタイトルを獲らせてあげることができなかった。
 
悔しさしか残らない。申し訳なさしか残らない。それは今考えても同じ気持ちだ。

もっと、あの時、自分がこうできなかったのかな、1点防げたら、1点取ることができれば……そんなことばかり考えてしまう。

タイトルが掛かった重要な試合の進め方。自分の力不足を、チームとしての力不足を責めた。何度も「次こそは見返したい」と誓いながらも、悔しさが繰り返されるだけだった。
 
2012年から指揮を執ったミシャは、チームに一体感と選手、スタッフ、クラブが同じ方向を向くことの重要性を浦和に残してくれた。その一体感がなければ成立しないサッカーのスタイルを通して、そして、その人柄を通して、みんなの向きをそろえてくれた人だった。積み重ねた時間が自然と自信を生み出していく。先制されようが、逆転できると信じられる力がチームにあった。

ミシャ退任後、僕らはAFCアジアチャンピオンズリーグで優勝を果たす。

TEXT=寺野典子

PHOTOGRAPH=Getty Images

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