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2020.11.19

山田五郎が初小説『真夜中のカーボーイ』で描いたのは理想の死に方

機械式時計、西洋美術の評論家、テレビやラジオ番組のコメンテーター、マニアックなものを収集する趣味人――そんな多彩な顔を持つ山田五郎さん。カルトメジャーの雄が初の小説『真夜中のカーボーイ』を書き下ろした。

山田五郎

「好きに死なせてほしいのよ」。高3の約束を果たすために、57歳の女と男は赤いメルセデスのカブリオレに乗り込んだ。デビット・ボウイを歌いながら、目指すのは1976年の夏と同じく南紀白浜。違うのは、元カノのデコが癌で死にそうなことだった。「死ぬ前に、きっちり落とし前つけときたいの」。アパレル会社経営の富豪の女と、出版社勤務の冴えない男が始めた心の旅ーー。

「死は怖い。怖いからこそ向き合わなきゃいけない。向き合わないと乗り越えられない」

死って、今の社会では絶対的な悪になっているじゃないですか。公の場で口にするのもタブーで、とにかく死を遠ざけようとする。死は考えるべきではなく、何が何でも生きなきゃダメみたいな、そういう風潮ですよね。だけど、死がどうやったって逃れられないものである以上、それをないものにして生きていくことは、かえって人生の意味をぼやけさせてしまうんじゃないかなと思ったんです。

今、『闇の西洋美術史』っていうシリーズの本を書いているんですけど、西洋絵画のモチーフに「メメント・モリ(Memento Mori)」というのがあるんですよ。「死を想え」という意味のラテン語で、髑髏やしおれた花を描くことで現世の栄華や快楽の虚しさを戒める教訓画とされていますが、そんな説教臭いテーマのわりには描かれた数が多すぎる。その理由を調べてみたら、「メメント・モリ」は単に「人は死を逃れられない」と脅すだけではなく、「だからよりよく生きよう」と励ます言葉でもあることがわかったんです。つまり、「メメント・モリ」は古代ローマの詩人ホラティウスがいう「カルペ・ディエム(Carpe Diem)」の対句なんですよ。こちらは直訳すれば「今日を摘め」で、「今日できることは今日やろう」といった意味でも使われますが、僕は「今日を生きろ」と訳したい。人は必ず死ぬのだから、今、目の前にある生を精一杯生きようと。死を想うことは、すなわち生を想うことなんです。死をないもののようにして生きるのは、目の前の人生を見ないで生きるのと同じことなんじゃないのかな。

これが今回小説を書いた動機のひとつ。ということにしていますが、実はそれは後付けで、書いている間は意識していませんでした。自分でもよくわからない動機で書き始めたら今の倍以上のボリュームになって収拾がつかなくなってしまい、思い余って幻冬舎の見城社長に相談したら、石原さんという名編集者を紹介して下さって。アドバイスをいただきながら削ったり直したりしているうちに、もしかしたら自分は死と生を描きたかったのかもしれないなと、後から気づいたのが本当のところです。

今って、還暦すぎてもまだ「人生これから」とか「一生チャレンジ」みたいなこと言われちゃうじゃないですか。今までの人生で満足してますからって言っても許してもらえない。でも、人生も量より質で、どれだけ多くのことをやったかより、どれだけ満足できたかの方が大事なんじゃないかと思うんですよ。少なくとも僕は、この歳から新しいことに乗り出すより、今あるものをさらに充実させていくことに残りの人生を費やしたいと思っています。

山田五郎

「一生チャレンジ」思想の背景には、やっぱり死をないものにしようとする欺瞞があると思うんですよ。加齢や病気に関しても同じで、いつまでも若く健康なままでいた方がいいことになってますよね。だから年寄りもジョギングとかして若さと健康を保とうと必死なわけですが、それって面白いのかな。だって、若さや健康は、もう充分に味わってきたじゃないですか。せっかく年をとって、体のあちこちが痛くなったり物忘れが激しくなったりと、若い頃にはできなかった経験ができるようになったんだから、それを積極的に楽しんだ方が人生が豊かになるんじゃないかと思うんですが。死だけでなく、老いや病気ともちゃんと向かい合った方がいい。

年寄りって、よく病気自慢や加齢自慢をしますよね。あれもネガティブにとらえられがちですが、なんであんなに自慢したがるのかというと、実は楽しいからだと思うんですよ。若い頃の忙しくて寝てない自慢とかと同じで。その証拠に、年寄りが「最近、膝が痛くてさあ」とか「人の名前が思い出せないんだよね」とか言ってるときって、妙に嬉しそうでしょ。実際、いいこともありますからね。電車で席を譲ってもらえたり、同じ話を何回でも新鮮な気持ちで聞けたり。

そういえば、これも加齢ですっかり忘れていましたが、この本を書こうと思った動機のもうひとつに「大阪」がありました。

僕は小学校高学年で東京から大阪に引っ越したので、ネイティブじゃないわけです。そのせいで転校先でいじめられもしましたし、今も相手が大阪弁で話してくれないと自分ひとりでは持ちこたえられないので「大阪に来たときだけ大阪弁を喋るコウモリ野郎」とディスられたりします。それがコンプレックスになっていたんですね。

一方で、大阪に対する世間のイメージが庶民的な側面に偏りすぎていることに不満もありました。東京より歴史が古い商都として独自の文化と伝統を持ち、大大阪(だいおおさか)と呼ばれた時代の近代建築が今なお残るお洒落な横顔もある街なのに、当の大阪の人たちが、吉本とかたこ焼きとかそっち方向のイメージばかりを押し出しているような気がして。

大阪だけでなく、全国の街おこしシンポジウム的な催しに参加するたびに思うのですが、ネイティブの住民ほどその街の本当の魅力に気づいていないものなんですよ。だとすれば、ネイティブではない僕だからこそわかる大阪のよさがあるんじゃないかと思って、あえて舞台に選んで大阪弁で書いてみたんです。

例に挙げるのもおこがましい限りですが、かの『細雪』も東京生まれの谷崎潤一郎だからこそ描けた大阪を舞台にした物語です。足元にもはるかに及びませんが、僕も自分にとっての理想の大阪を描いてみたいという大それた野望を抱いてしまったんです。これは書き始めた時点から実は意識していて、妙子という主人公の名前は畏れ多くも『細雪』の「こいさん」から拝借しました。

そう考えてみると、そもそもの執筆動機は僕なりの「大阪への恩返し」だったのかもしれません。大阪の人が喜んでくれるかどうかは「知らんけど」ですが。

山田五郎

『真夜中のカーボーイ』
山田五郎
¥1,300 幻冬舎
出版社に勤める定年間近の俺に、高校時代の恋人から39年ぶりに電話がきた。会ってみると、17歳の時未遂に終わった大阪から南紀白浜へのバイク旅行に、もう一度行かないかという誘いだった。謎めいた仕掛けからラストに至る鮮やかな大どんでん返し。生きるという厳粛な綱渡りをアクロバティックに決めた一大“人生絵巻”。

Gorot Yamada
編集者・評論家。1958年東京都生まれ。上智大学文学部在学中にオーストリア・ザルツブルク大学で西洋美術史を学ぶ。卒業後、講談社に入社。『Hot-Dog PRESS』編集長等を経てフリーに。現在は時計、西洋美術、街づくり、など幅広い分野でテレビ・ラジオ出演、講演、執筆活動を続けている。著書に『銀座のすし』『へんな西洋絵画』『知識ゼロからの近代絵画入門』などがある。

TEXT=ゲーテ編集部

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