1972年の設立以来、一貫して日本(福井県・鯖江)製の高品質なアイウエアを生み出し続ける「EYEVAN」。その眼鏡をかけた熱き男たちを写真家・操上和美が撮り下ろす連載「男を起動させる眼鏡#23」。
PERSON 23
音楽家/坂本龍一
作曲を習い始めたのは11歳。それ以来、今日まで五線譜を眺め続けてきた坂本龍一氏。
「ある頃から急に視界に違和感を覚えました。ライトを点けたり姿勢を変えてみたりしましたが一向に改善しないので眼科を訪れることに。そこで検査用の眼鏡をかけたら、驚くほど周囲がよく見えて……。もう文句ナシの老眼でした(笑)」。
それが42歳の時のこと。人生半ばにおける眼鏡生活のスタートであるが、坂本氏は眼鏡というアイテムに特に身構えることはなかったと振り返る。
「父親も長く眼鏡をかけていましたし、若い頃から伊達眼鏡をファッションとして取り入れていたこともあり、わりと自分にとって身近な存在だったのです」
そんな坂本氏だが、一体どういう観点で眼鏡を選んでいるのだろう。
「第一に顔とのマッチングが重要です。モダンだったり奇抜なデザインよりも、クラシックなフレームが自分には似合うように思います。なかでも芸術家の藤田嗣治や建築家のフィリップ・ジョンソンの眼鏡スタイルは、僕にとってひとつのアイコン。自分が丸いタイプの眼鏡を選ぶのは、父親譲りの部分もあるでしょうが、そういったアイコンからの影響もあるように感じます」
四角よりも丸型を自分流とする坂本氏が今回選んだ1本は、ボストンアレンジのコンビフレーム。眼鏡をかけると「よく似合っている。いつもと違和感ない」と撮影にかかわったスタッフたちから声が上がった。
「“普段と変わらない”と言われるのは、最高の褒め言葉です。というのも自分が長年よいと思ってきたことが理解されたワケだから。これまでは太めのフレームを多く使用してきましたが、写真に撮っていただき改めて客観的に眺めると、繊細な細身フレームも悪くないものですね」
インタビューの最後に“眼鏡は気分を変えるスイッチとなり得るか?”と尋ねたところ、坂本氏はこう答えた。
「眼鏡は確かに今の僕にとって必需品。しかし、こういったアイテムに依存しすぎるのも自然ではない気がします。そのため時々、眼鏡を外して窓の外などを眺めています。もちろんその時は裸眼ですからハッキリ見えないこともある。けれど見えないままボーッと過ごす時間が、気分転換には有効であるように感じます」
Ryuichi Sakamoto
1952年東京都生まれ。’78年『千のナイフ』でソロデビュー。同年に細野晴臣、高橋幸宏とともに「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」を結成。『戦場のメリークリスマス』で英国アカデミー賞、『ラストエンペラー』でアカデミーオリジナル音楽作曲賞、グラミー賞受賞。現在は、森林保全活動「more trees」、反原発プロジェクト「stop rokkasho」「NO NUKES」、そして、「東北ユースオーケストラ」音楽監督での被災地復興活動など、社会的な問題にも携わっている。来年3月30日に発売される2020年の活動と記憶の断片を収めた『Ryuichi Sakamoto | Art Box Project 2020』の予約受付が10月下旬からスタート。さらに、オンラインコンサート「Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 12122020」が、Rhizomatiksのライブ演出のもと、業界市場最高レベルの音質を実現する「MUSIC/SLASH」で12月12日実施。
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