新型コロナウイルスの影響で日々の暮らしが激変するなか、アスリートはどのような決断をし、どのような行動をしているのだろうか。約1年の延期が決定した東京五輪を目指す選手、体力の限界を感じて競技を終える選手、スポーツの専門家として情報を発信をする選手……。さまざまなトップアスリートのスペシャルな思考とは――。
2分短縮が目標
新型コロナウイルス感染拡大による外出自粛期間中、Bリーグ宇都宮ブレックスの田臥勇太(39)は、ひとり自宅で"バッシュ"の着脱を繰り返していた。日本人初のNBA選手であるパイオニアの意外な"自主トレ"。靴紐の結び方にこだわりがあり、時間をかけ過ぎるため、短縮に向けて試行錯誤していた。
「甲や踵(かかと)の収まりが悪かったり、左右の締め付け方が違うと気持ち悪い。いろいろ微調整していると、時間がかかってしまうが、結ぶ時はずっと同じ姿勢で身体に負担がかかる。パフォーマンスを上げるためにやっているのに本末転倒なので、5分ぐらいでできるようにしたくて、家で挑戦しています」
靴紐の結び方にこだわり始めたのは約9年前。2011~’12年シーズンに踵を負傷したのを機に、シューズのインソールを足形に合わせた特注品にした。それに伴い、靴が足にフィットした状態で紐を締めることの重要性を実感。試合前に田臥が長時間かけてシューズを履く姿はクラブ関係者やファンの間ではお馴染みの光景だ。
ある日、チームメートのライアン・ロシター(30)が事前に本人に知らせずに計測。両足履くのに要した時間は7分で、田臥は2分短縮を目標に掲げて奮闘している。
'19~'20年シーズンは開幕から13試合連続で先発したが、11月に左膝半月板を損傷して離脱。12月に手術を受け、コートに戻れないまま、3月にリーグ戦が打ち切られた。そのままシーズンが終了。腰痛でリーグ15試合の出場に終わった'18~'19年に続き不本意な1年を過ごした。
もちろんステイホーム期間中の取り組みは靴紐の時短だけではない。オフに入っている現在もリハビリ中。体幹トレーニングやランニングなどの基礎体力強化に加え、毎日朝晩は柔軟性を高めるためにヨガとストレッチに時間を割く。1年間を通して戦い続ける身体づくりがテーマで「ヨガは腰を痛めてからメンテナンスのために始めました。腸腰筋を伸ばすことで腰痛が軽減されたので、膝にも良い効果があるのではと期待しています」と説明した。気に入った枕があれば、自宅用と遠征用に必ず複数購入するなど、身体のケアへの意識は高い。
コロナ禍の状況次第で流動的な部分もあるが、Bリーグは'20~'21シーズンの開幕を10月に予定。10月5日に40歳の誕生日を迎える田臥にとっては節目のシーズンとなる。スピードの衰えなど身体の変化と向き合いながら、限られた出場時間で存在感を示す新たなスタイルを模索中。「若い選手と同じように動き回れるわけではないので、いかに質の高いプレーをするかを意識している。身体が動いて自分で何とかして解決するのとは違うステージ。仲間を使ったりして、プレーの幅を広げることが重要になる。経験を積まないと分からなかった、バスケの奥深さ、楽しさがある」と向上心は尽きない。
高校時代に能代工(秋田)で、3年連続で総体、国体、選抜を制する史上初の「9冠」を達成。'04年にはサンズと契約を結び、11月3日のホークスとの開幕戦でデビューするなどNBAで4試合に出場した。Bリーグ開幕1年目の'16~'17年シーズンには主力としてフル回転して初代王者のタイトルを獲得。日本バスケ界をけん引してきた。不惑を前にして、1年1年、1試合1試合の重要性を改めて実感している。
「自分のキャリアがどうなるかはまだ分からない。最近2シーズンは思うようにプレーできていないので、まずは次の1年を大事にしたい。来季しっかり戦えれば、まだ現役を続けたい気持ちになると思う。根本には自分がバスケを楽しんで、それが見ている人に伝わればいいなという思いがある。そこは大事にしたい」
来季は今後のキャリアの行方を左右する重要な1年。凡人には理解し難い靴紐への2分間のこだわりに、生けるレジェンドの魂を感じた。