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2020.03.30

弟・武幸四郎が語った「ジョッキーアブミ」と「調教アブミ」の違い【武豊アブミプロジェクト6】

ジョッキーにとって、騎乗時に足を踏みかける「アブミ」は極めて重要な仕事道具。しかし、武豊曰く「30年前から何も変わってないし、俺もそんなに気にしたことなかった……」。それが昨秋、 ゴルフクラブブランド「MUQU(ムク)」のアンバサダーとして名古屋の工場を訪れた際に、ふと閃いた! 「そんなに気にしたことはなかったとはいえ、どこかで気にはなっていた。何とかならないかな?」と。30年のジョッキー人生を懸けた一大プロジェクトをゲーテWEBが独占でお届け。第6回は、弟の武幸四郎調教師が語った「ジョッキーアブミ」と「調教アブミ」の違いについて。【トレセンでも話題沸騰! リーディングジョッキーと議論 #5】

アブミプロジェクト

「乗り方で着眼点が全く異なる」

「武豊アブミプロジェクト」の製作を進めるエムエス製作所の迫田副社長や技術者とともに、栗東トレーニングセンターに出向いた筆者。

前回の記事では、プロジェクトの中心人物である武豊のみならず、独自のアブミ製作に興味を示すリーディングジョッキーの川田将雅からもヒアリングを行った内容をレポートした。そして今回。ジョッキーを引退し、現在は調教師に転向している”武豊の弟”武幸四郎にも話を聞いた。

前回も記したが、武豊のアブミは順調に「30個」の納品にむけて製造が進んでいた中で、暗雲が立ち込める事態になっている。

ここで一度、整理をしておこう。

武豊が知る限り、これまで日本の競馬界では、ジョッキーの希望をメーカーが聞いた上でアブミを作った事はない。少なくとも、武豊は「聞かれた事が一度もない」と言い、そういうモノだと思ってきたという。

アブミの形状や素材は様々あるが、騎手はその中から、自分に合うモノ(BestではないにしてもGood)を探して装着してきた。いわば、プロゴルファーが市販品のクラブの中から選ぶのと同じである。

しかし、実際にプロゴルファーの多くは、自分用にカスタマイズされたBestなクラブを使って試合で戦う。野球選手が商売道具を市販品から選ぶ、とは聞かない。しかし、競馬界には、”稀代の名ジョッキー”武豊はそうであった……という長い歴史があったのだ。

様々なアブミの説明を受ける武豊。迫田副社長(右)、MS製作所・諏訪専務(中央右)、時田馬具・浅田さん(中央左)

様々なアブミの説明を受ける武豊。迫田副社長(右)、MS製作所・諏訪専務(中央右)、時田馬具・浅田さん(中央左)

前回掲載の、栗東トレセンで武豊と川田将雅の2名によるアブミ雑談から様々なことが分かってきた。

まずは(1)騎手によって乗り方や足裏でのアブミの踏み方が違う。その違いにより、素材や重量以前に(2)「形状」による着眼点が全く違うということ。その先に(3)「重量」という、騎手ならではの制約的項目が加わる。その重量を考える上で(4)「素材」という選択肢が生まれ、そして最後に、上記全てをクリアすべく(5)最適な「製法」を決めていく。

素材は金属製品だけではなく、カーボン、樹脂など様々な選択肢があることも知った。

製品クオリティ、強度テストの重要性

製造メーカーの目線で見えてきたこと。まずは「製品」としての安全テストや、製造構造による強度テストなど、あまり十分ではなかったのではないか?と思われたのが、これまでだった。

武豊:「昔、俺も(アブミが)割れたことある。アルミだったかな」

川田:「ありますね……」

武:「ゲート開いてバーンってアブミが当たって。今は(ゲート内側に)緩衝材があるから大丈夫だけど」

小林(筆者):「素材による強度の問題なんですか?」

武:「分からない……。それからアルミは怖いもんね(笑)」

馬具屋・浅田:「確かに。強度ウンヌンって、メーカーから聞いたことも我々もないですし、怪しさはありますよね」

小林:「アルミでも、強度テスト的にOKなら問題ないですか?」

武:「大丈夫だよ、だって日本のメーカーが作るんだもん(笑)」

アブミ

あいち産業技術センターにて引張試験を実施。騎手の安全性を最大考慮すると最大負荷が8kN以上が妥当とレポートが来た。*KNは負荷を表す国際単位で1kNは約100kg。

現在、武豊騎手が使っているスレンレスタイプは、15.6kNと一番数値が高かった。

現在、武豊騎手が使っているスレンレスタイプは、15.6kNと一番数値が高かった。

川田騎手が愛用するカーボンタイプは、7.6kNと許容範囲である。

川田騎手が愛用するカーボンタイプは、7.6kNと許容範囲である。

武豊騎手から預かったアブミの1つアルミ製。数値は5.5kNと、日本の基準だと不合格であろう。

武豊騎手から預かったアブミの1つアルミ製。数値は5.5kNと、日本の基準だと不合格であろう。

これもアルミ製だが、数値は10.0kNと、同じアルミでも形状によって全く強度が異なることが判明。

これもアルミ製だが、数値は10.0kNと、同じアルミでも形状によって全く強度が異なることが判明。

エムエス製作所が日本で初めてアブミを作る過程で、見えてきたことは以下の通りである。

(1)騎手1人ずつに、究極の製品を1セット製造するわけではない。
(2)騎手は少なくても20~30蔵所有しており、その分量が求められている。
(3)消耗品でもあり、量産型な製造方法にて、かつ日本クオリティが求められる。
(4)今後、武豊モデルを初めとした、形状の異なる複数パターンがあれば、若手騎手なども安価で自分に合ったタイプをその中から探せる(ようにしないといけない)。

「騎手のアブミと調教アブミの違い」

今回、調教現場の声も聞きたくて、武豊の弟でもあり、現在は調教師として活躍する武幸四郎厩舎を急遽訪問した。

筆者とは、武豊と同じく長い付き合いであるが、会うのは約7年振りである。

武幸四郎:「いきなりですね(笑)、ビックリしましたよぉ」

栗東トレセンにいる旨を電話で伝えると、快く招いてくれた。

突然の訪問にも笑顔で招き入れてくれた武幸四郎調教師。

武幸四郎厩舎を急遽訪問

突然の訪問にも笑顔で招き入れてくれた武幸四郎調教師。

突然の訪問にも笑顔で招き入れてくれた武幸四郎調教師。

小林:「幸ちゃんゴメン、急に……。今、(武)豊さんとアブミを作ってて。で、騎手でもあったし、今は調教で馬にも乗っていると聞いて、いろいろ教えて欲しくて」

武幸四郎:「何でも聞いて下さいよ(笑)」

小林:「そもそも、騎手がレースで使うアブミと、調教で使うアブミって、何が違うの?」

武幸四郎:「調教用アブミは、(形の)イメージとしては乗馬に近い感じですかね。一番の違いは、逃がせるというか、脱げやすい形状にアーチ部分がなってたりします」

小林:「逃す? って」

武幸四郎:「調教なので、レースより落馬の危険が高いから、落馬した時に、アブミが抜けなかったら危ない(馬に引きずられる)でしょ」

なるほど……。また一つ勉強になった。

レースに出走している馬は、騎乗されて走ることに馬が慣れている、とも言える。2歳馬などに、走り方を教えたり、負荷をかけて鍛える故に、馬の動きは、時に予想外な場合も多く、それが調教であり、その過程をクリアした馬がレースに出走し、騎手が乗る。

武幸四郎:「ブーツも違うし、鞍からのアブミの長さも長いし、乗り方が違いますしね」

納得する話が聞けた。とても参考になった。

小林:「レース用のアブミ(の完成)が見えてきたら、調教用アブミも考えるから、その時はまたお邪魔します」

武幸四郎:「あっ!あと、アブミを作るなら”巣”に気をつけないと!」

小林:「巣って?」

武幸四郎:「鉄の中にある空洞のことじゃないかなぁ。皆、昔からそう言ってたし、実際に僕じゃないけど、レース中にアブミが壊れて問題になったことあるもんね」

小林:「……。幸ちゃん、(俺も)製造のプロじゃないけど、多分それは鋳造って作り方で、鉄を流し込んで空気も入っちゃってるんだね、きっと。今回は、日本のメーカーが作るし、そのあたりの空洞化問題も、一つ一つ検査して、安全基準だけはシビアにいくから」

トレセンからの帰りの車中、真っ先に口を開いたのはMS製作所の技術者だった。

技術者:「空洞っていうか、空気穴みたいなこと、本当に気をつけないとダメですね」

小林:「なんか……、迫田さん(心臓カテーテルなど執刀する循環器内科の医師でもある)みたいに、CTスキャン的に、中の構造が見えるといいんですけど、そんな検査方法って無いんですかね?」

迫田:「考えましょう。騎手の命に関わることですし、見過ごせない点なので。でも、幸四郎さんに聞けて良かったです、ホントに」

「アブミが重い……」

削り出したスペシャルアブミを手に、重さ、バランスなどを確かめる武豊。
栗東トレセン訪問時にもひとつ行ったこと。MUQUゴルフのアンバサダー契約をする武豊に、それと同じ製法で究極のアブミを削り出し、記念品を兼ねて贈呈した。

しかし、このスペシャルアブミが、またもや製造現場に余波を広げた。後日、武豊に、アブミの進捗報告をした際の電話でのやりとりはこうだ。

武豊:「この前の削り出したアブミって、やっぱり少し重い気がするんだけど」

小林:「製品化は100gを目指しますが、削り出しなので。すぐに確認します」

小林:「迫田さん、この前の削り出しのヤツって、実際の重さはどーなんですか?」

技術チームに詳細を確認する迫田副社長。

迫田:「削り出しは、重量バランスは取らず、形状のみスペシャルなので。重いです」

のちに150gを超えていることが分かった。

小林:「武さんスミマセン、アレはスペシャルなので、相当重いです」

武豊:「このままの重量で製品化されないか、心配になってさ」

小林:「……ですね」

武豊:「俺はいいけど(体重コントロールに不安がない)、他のジョッキーは、やっぱり数十グラムは大事だし、このモデル良いなと思っても、『でも少し重いからな』ってなったらダメ(せっかくMade in Jpanで初めてアブミが作られても広がらない)でしょ」

自分だけのオーダーメイドアブミを考えている訳でない。

騎手は皆、引退するまで常に体重制限がかかり、愛用するアイテムの「重さ」は、我々が想像する以上にシビアである。

たかが50gされど50g。

ここにきて急転直下。さて、どう対処しようか……。

【世界一の軽量アブミを目指し『モデル 2』開発へ着手 #7】

Yutaka Take
1969年京都府生まれ。17歳で騎手デビュー。以来18度の年間最多勝、地方海外含め100勝以上のG1制覇、通算4000勝達成など、数々の伝説的な最多記録を持つ。2005年には、ディープインパクトとのコンビで皐月賞、日本ダービー、菊花賞を制し、史上2例目となる無敗での牡馬3冠を達成。50歳を迎えた2019年も、フェブラリーステークス、菊花賞を制覇。昭和・平成・令和と3元号同一G1制覇を達成した。 父は元ジョッキーで調教師も務めた故・武邦彦。弟は元ジョッキーで、現調教師の武幸四郎。

Santos Kobayashi
1972年生まれ。アスリートメディアクリエイション代表。大学卒業後、ゴルフ雑誌『アルバ』の編集記者になり『Golf Today』を経て独立。その後、スポーツジャーナリストとして活動し、ゴルフ系週刊誌、月刊誌、スポーツ新聞などに連載・書籍の執筆活動をしながら、映像メディアは、TV朝日の全米OP、全英OPなど海外中継メインに携わる。現在は、スポーツ案件のスタートアッププロデューサー・プランナーをメイン活動に、PXG(JMC Golf)の日本地区の立ち上げ、MUQUゴルフのブランディングプランナーを歴任。

TEXT=サントス小林

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